希望の夢路
「……心愛ちゃん、ごめん。僕…君に酷いことを」
そう言ったあと、彼女は震える右手で僕の頬を思いっきり叩いた。
「ひどい……もう、博人さんなんて、博人さんなんて、大嫌い」
「心愛ちゃん」
痛かった。彼女に叩かれた頬は、
とても痛かった。
どうして僕はこうも君を傷つけてしまうのだろう。

しかも、戻ってしまった。

ひろくんと呼んでくれて打ち解けてくれていた彼女の口調は、出会った時の彼女の口調に戻ってしまった。
彼女を傷つけたのは、間違いなく僕だ。もしかしたら、僕と保乃果が一線を超えたせいで彼女は右目も見えなくなってしまったのかもしれない。
こうもうまくもう片方の目が見えなくなるだなんて、そんなことあるものかと思っていたが、そういうことも…あるんだな。
「手当、するよ」
そう言って僕は、彼女をお姫様抱っこして家へと連れ帰った。
彼女を椅子へと座らせ、擦りむいた膝を手当した。彼女はただでさえ大人しいのに、全く話さず無言でいるから怒っているのだと思う。
そりゃあ、当然だ。本当に目が見えないと言っているのに、下手な芝居だと言い放った僕の言葉が許せないはずだ。自分を裏切った上に信じてさえもらえないと、彼女は自分の殻にこもってしまった。

「心愛ちゃん、博人は悪気があって言ったわけじゃないの。許してあげて」
「保乃果さんとはもう親友やめました」
「心愛ちゃん…」
「心愛ちゃん、そんな言い方ないだろ?保乃果は心配してくれてるんだぞ!」
「……」
無言か。やっと口を開いてくれたと思ったら、また黙り込んでしまった。
「いいのよ、私が悪いの。心愛ちゃんを傷つけるようなこと、したんだもん。心愛ちゃんの気持ちをわかってて、私は博人と…」
保乃果は俯いた。
「保乃果は悪くない」
「博人…」
その時、がたっと彼女が椅子から立った。ふらふらと彼女は僕と保乃果の横を通り抜け、玄関へ向かった。
「どこ行くんだよ」
僕は後ろから、彼女の腕をしっかりと掴んだ。
「どこって…どこでもいいじゃないですか」
「だめだ。目が見えないなら尚更、外に出たら危ない。外に出るんじゃない」
そう言うと、彼女はふらふらとリビングに戻り、椅子に手で触れてゆっくりと腰を下ろした。
「いいから、黙って座っててよ。怪我したりしたら困るし」
「博人、何よその言い方!心愛ちゃんにそんな言い方ないでしょ!」
「だって、実際そうだろ?外に出てさっきみたいに人にぶつかって転んで怪我でもされたら困るんだよ」
「……」
彼女は俯いていた。
「私、寝ます。最近寝不足だから」
そう言って、彼女は寝室へ行こうとしたが足を止めた。
「しんしつ、どこ?」
彼女は壁をぺたぺたと触り辿っていくがわからないようで、それを見兼ねた保乃果がここよ、と教えて中へ入れてくれた。
「保乃果さん、ありがとうございます」
彼女はそう言って、寝室のドアを閉めた。

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