希望の夢路
私は、最近彼に触れないようにしている。と同時に触れさせないようにしている。なんて酷い女だ、と世間の人は笑うのだろうか。
でも、これ以上彼に心配をかけたくないから、こうするしかないの。
こうするしか…。

「ねえ、心愛ちゃん」
「なに?」
「僕、なんかした?」
彼はいつもよりも優しい、気遣うような声のトーンで私に尋ねた。
「何もしてないよ。どうしたの?」
「いや、最近甘えてくれないし…最近、僕を避けてない?」
「そんなことない」
「いや、避けてる」
彼は、今どんな顔で私を見ているのだろう。
悲しい顔?切ない顔?怒った顔?

わからない。わからない…。

「何かあったなら言ってくれ」
「何もない」
「嘘だ。君はなにか隠してる」
そう。彼はすぐにわかってしまうの。
私が元気ない時とか、何かを隠してる時とかは特に。
私はもともと隠し事なんて苦手だから、すぐにバレてしまうんだろうけど。
「なんでもないの」
「嘘だ」
「なんでもないったら」
私は彼から手を離した。
彼は私の手をぎゅっと握っていたけれど、私は彼から手を離したから、
きっと驚いた顔をしているんだろうな。いや、もしかしたら怒ってるのかもしれない。
「なんでもないったら!」
「……はあ、もういいよ」
彼は私の手を離した。
少しずつ彼の温もりが遠ざかっていくのがわかった。
ばたん、とドアを閉め彼は私の部屋を出ていった。
私はしばらくその場に突っ立っていたが、はっとしたように彼を探した。
私は、馬鹿だ。
彼がいないと何も出来ない。
見えないから、歩くのでさえも彼の介助がいる。なのに私は彼を避けて、
彼を遠ざけて…甘えるどころか自分に触れさせることすらしないだなんて。
こんなんじゃ、彼の気持ちが離れていくに決まってる。

でも…これでいいのかもしれない。
彼にこれ以上、迷惑と心配をかけるようなことになったら、ただでさえ仕事が忙しい彼の足でまといになる。
だから、距離が、心の距離が遠くなっても仕方ない。

「ひろくん…」

そう思いながらも、心のどこかで彼を求めている。だから無意識に体が動く。

彼を探してー

彼の声と手だけが頼りなのに、自分からそれを突き放すだなんて。
私はなんてことをしていたの。
そう思っても、もう遅い。
「ひろくん…」

遠くの方で、がちゃっ、と言う音が聞こえた。もしかして、玄関?

私が玄関にたどり着いたときには、
彼は鍵を閉め外へ出ていってしまった。仕事に行ったんだな、と思った。
私が玄関に立った時、ドアがばたんと閉まり鍵をかける音が響いた。
「おそ、かった…」
私はその場に立ち尽くし、呆然とした。






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