希望の夢路
約束って、何だろう。
「僕から離れないこと」
「ひろくん…」
彼が私の右手をぎゅっと握る。
「それから、出歩く時は僕に言うこと。外に出たいならどこでも付き合うから」
「でも、仕事忙しいのに」
あっ、私、スムーズに言葉が出てる。
さっきまでなかなか言葉が出なかったのは、なぜなんだろう。
彼に手を握られた途端に、安心する。
彼の手は、私の病を治す温泉みたいなものなのかもしれない。
リラックスできるし、心地よいというか。

心のオアシス、みたいな?

「大丈夫。遠慮なく僕に頼る。いいね?外に出る時は僕と出歩くこと」
「うん…そうする」
彼は私の左手を握った。
右手は強く握っているのに、左手は優しく、とても優しく握ってくれる。
「痛むかい?」
彼は左手を撫でながら言った。
「痛みは、すごく…」
「そっか。…そんなに痛むか」
彼は溜息をついた。
「ごめん。私が勝手に出歩いたからこんなことに…」
「心愛ちゃん、全部話して」
「え?」
「隠してることがあるだろ」
「それは…」
「言いたくないなら、今は聞かないよ」

彼の温もりが離れそうになったから、私は思わず彼の手をぎゅっと握った。
「待って…!っ、いたっ…」
「心愛ちゃん!?」
彼が、私の左手を優しく擦る。
「このままの体勢でも、いい?」
「うん…話すね」
「うん。何が、あった?」
言いたくなかったけれど、いつまでも隠し通せるものじゃないし、
こんな風になったのも私のせい。
だから、話さなきゃ。

「私ね、前も出かけたことがあったの。一人でね」
「大丈夫だったのか?」
「うん。でも、三人組の女の子が点字の上で話し込んでて」
「三人組の女の子?」
「うん。それで、避けてくださいって言ったら、暴行されたの。今日ほど酷くはなかったけど…」
「そうだったのか…」
彼は、きっと考え込んでいるのだろう。しばしの沈黙を破り彼が言った。
「三人組の女の子って…僕も見たことあるよ」
「えっ?そうなの?」
「うん。点字の上で話し込んでて避ける気配もないし、罪悪感も皆無だった」
彼が、私に尋ねた。
「その子たちの名前、知ってる?」
「ああ、うん。洋子と愛花と美咲」
「なるほどね」
「どうしたの?ひろくん」
「いや。なんでもないよ」
はは、と彼は笑った。
「心愛ちゃん、あのさ…」
「なに?んっ、ん」
彼が、私の唇を塞いだ。
「ひ、ひろくん」
「これで仲直り、だよね?」
「うん、仲直り!」

彼は、微笑んでいるのかな。
彼の微笑んだ顔を見たい。
彼の端正な、あの美しい顔を見たい。
でも私は見れない。
一度でいいから見たい。
彼の、彼の笑顔を…。







< 178 / 206 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop