希望の夢路
「私ね、さっき、ひろくんとバスを降りて少し歩いて、食堂の横を通って階段を降りようとしたでしょ?その時ね、」
「うん」
「見えたの」

僕は、耳を疑った。

見えたって、まさか。
まさか、そんなことってあるのか?
全盲の彼女の視力が、戻るだなんて
そんなこと、あるのか?


「見えるの」

彼女は僕の目をしっかりと見て言った。

「今渡ってきた橋も階段も見える。橋から見えた支笏湖はエメラルドグリーンですごく綺麗だったの」

確かに、橋を渡った時に見えた支笏湖はエメラルドグリーンだった。
少し遠くに見える支笏湖は水色だけど、橋の下付近の支笏湖の水の色はエメラルドグリーンだった。綺麗な緑色。


ということは、

ということは、



彼女の目は、



見えている!!




これは、現実?幻?


「支笏湖だけじゃないの。私、ひろくんが見える」

「僕が…見える?」

彼女はうん、と笑った。

「僕は今、何をしてる?」

そう言って、僕は顔の横でピースをしてみせた。

「ふふっ、ひろくんピースしてる。かっこいい」

本当だ。見えてる。見えているよ、
彼女には見えているんだ。


僕が……!!


「心愛ちゃん…!!」

僕は今、嬉しくて嬉しくて彼女の杖を思わず地面に落としてしまった。

「杖、落ちちゃった」

そう言って彼女は、杖を拾い上げた。

大丈夫、嘘じゃない。
彼女には、本当に見えている。

落ちた杖を、難なくひょいと拾い上げた彼女は、目が見えているということを証明していた。


杖を持ちながら僕を見る彼女を、僕は抱きしめた。

強く強く。


「んっ、苦しいよ。ひろくん」
「ああ、よかった。よかったよ!心愛ちゃんには、僕が見える……」

僕は今、とても情けない顔をしている。こんな情けない姿、見せたくないけれど、今だけは、溢れる涙が止まりそうにない。


「泣かないで、ひろくん。私、ひろくんの笑顔が見たいの。見せて」

彼女は、僕の涙を拭って笑った。

「せっかく綺麗なお顔なのに」

そう言って彼女が笑う。

「心愛ちゃん。僕はもう二度と離さないよ。離さない」


「うん。離さないでね、ひろくん」


彼女の笑顔を見て、今日ここに来てよかったと心から思った。



君に、伝えたいことがあるんだよ。心愛ちゃん。

だから今日、君が行きたいと言ったこの支笏湖へ来たんだよ。



ここからが、本番。
サプライズの、時間。

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