希望の夢路
「情熱を持って生きている人って、世の中にどれくらいいるんだろう?」
彼女が唐突にそんなことを言い出したので、僕は驚いた。
「いきなりだな」
「ごめん」
彼女は笑った。
「うーん、少なからずいるとは思うけど、そんなに多くもないんじゃないか?」
「そうだよね」
彼女は頷いた。
「今のこの世の中、毎日を必死で生きている人、一日をただ漫然と過ごしている人や
挫折して一歩も動けない人が多い気がする」
「確かに…」
「なんか、悲しくなってくるよね、そういう人たちばかりだと。
でも、これが現実なんだろうなあ。夢も希望もないのか、ってなっちゃう」
「確かにそうかもしれないけど、そこまで悲観しなくてもいいんじゃないか?」
「うん、そうだよね」
彼女は、銀色の巨大サークルを見ながら言った。

「例えば」
「例えば?」
「光を見出すことができない暗闇の中に住んでいる人がいたとして」
「うん」
「その人とは別に、決して諦めることなく光を探し続ける人がいる」
「正反対だね」
「うん、全く正反対。でも、確実に世の中には存在するよね。前者と後者は」
「そうだな。もし、人間を二種類に分けたとすると、
光を見出せない暗闇の中の住人と決して諦めることなく光を探す勇者に
分けられるんじゃないかな?」
「要するに、前向き(ポジティブ)か後ろ向き(ネガティブ)かってことよね。
人生を悲観して生きるか楽観して生きるか、二つに一つ」
「人生を悲観している人の方が多いんじゃないか?
そりゃあ、楽観的に捉えてる人もいるとは思うけど」
「うん、私もそう思う。いかに前を向いて生きていけるかが人生を楽しむカギなんじゃないかな」
「そうだね」

彼女は、道徳的なことを突然話し始める。
彼女は思ったことを口にしているだけなのだが、
何故か道徳の授業を聞いているかのような気分―というのは言い過ぎかもしれないが、
それほどまでに彼女は熱く語っている。
―まさに、今。いきなり始まる道徳の時間。
いきなりなので驚くが、彼女の思っていることを知れるのだから、
こんなに有意義なことはない。
道徳か哲学か、はたまた夢を語る時間なのかはよくわからないが、
とりあえず今は道徳の時間、としておこう。
「光を見出して眩しい光の照らす方へ歩いている人が勝者ってことかな?」
「うーん、一般的にはそうなのかも?」
彼女は首を捻って言った。
「勝者…というか、人生ってよくゲームに例えられるけど、そうじゃないと私は思うの。
だって勝ち負けで自分を、自分の全てをー人生を判断されたらたまったもんじゃないよ」
「うん、確かに」
「光をの方へ歩いている人は、ひろくんのいう勝者なのかもしれない。
けど私は、そういう人こそ情熱を持って生きている勇者なんじゃないかって思うの」
僕は深く頷いた。
「希望にも似たものが、情熱にはあると思う」
確かにその通りだ、と僕は思った。
「これがあれば生きていける、これがあるから頑張れる、と
心を奮い立たせるものが何か一つでもあれば、人は強く生きていける」

彼女の言葉には説得力があるし、何より重みがある。
そんな彼女にとっての夢への活力と言うべきものは、
恐らく佐藤重幸と彼が所属するアイドルグループ、NEWSTARだろう。
佐藤重幸が彼女の夢を支えているといっても過言ではない。
「情熱のある人って、すぐわかるよな。きらきらしてて、とても明るくてさ。
何より、ものすごく輝いてる」
「そうなんだよね。何をしてても、すごく輝いてるっていうか…。
どうしたらそんなに輝けるのかな、ってくらい」
「そうだよな。そういう人を見ると、羨ましくなる。
まるで別世界の人、みたいな感じがするんだよな。なんでだろう?」
「そうね。好きなことに熱中して創り上げた自分だけの世界って、希望があると思うの」
「自分の好きなことに関しては、希望を見出せるってこと?」
彼女は黙って頷いた。
「情熱を傾ける者は、絵画だったり映画だったり本だったり…
いろいろあっていいと思うの。人それぞれだから、好みも違ってて当然だと思うし」
彼女は続けて、こう言った。
「情熱がある人に共通しているのは、好きなことにどれだけ熱中していられるかということ。
何かに打ち込んだり熱中したりすることは、人生の中でとても大切なことで、
未来を創ることに繋がっているんだと、思う」
僕は、彼女が情熱について熱く語る様子をただじっと見つめていた。

未来を創るのは自分次第だし、未来は自分にしか創れないー

彼女が以前そう言っていたことを思い出す。
本当に、その通りだ。
「あっ、ごめんね。長々と話しちゃって…」
「いいんだよ。すごく説得力ある」
「そんなことないよ」
「また始まったな、って思ったけどさ」
僕が笑うと、彼女は目を丸くした。
「始まった、ってどういうこと?」
「謎の道徳タイム」
「もー、その呼び方やめて」
僕の背中を彼は軽く叩いたが、全然痛くなかった。
「ごめんごめん。でも、意外と好きだよ。謎の道徳タイム」
「意外と、ってなに?」
彼女が腰に手を当てて、頬を膨らませながら僕を見ている。
「ごめんごめん」
僕は思わず笑ってしまった。
情熱についての話を、また今度ゆっくりと聞きたいなと思いながら、
僕と彼女は銀色の巨大サークルの部屋を後にした。
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