希望の夢路
「心愛ちゃん、えっと…」
「私は二人と共に生きてるの。最初は信じられなかったけど」
戸惑う彼に私は言った。

「僕は…」
「ねね、博人!あそぼ」
「いや、あのね」
「心愛のことなんかほっといてさ、ほら!」
楊香に勝てない彼は、野原の中央で楊香と鬼ごっこを始めた。
多分、妹みたいな感じなんだろうな。
「つかまえた」
「きゃあ~!」
楊香の黄色い声のする方を振り返ると、
彼に後ろから抱き締められた楊香は顔を真っ赤にしていた。
乙女だ、乙女だよこの子。
私といるときなんかと比べ物にならないくらい従順なんですけど。
どういうことですかね、これ。
ああ、楽しそう。うんざりしてきた。

「ごめん」
魁利が頭を深く下げた。
「いいよ、仕方ない」
魁利は何も悪くないんだよ。謝ることないのに。
「ねえ、魁利。ちょっといい?」
「うん」
そう言って、私はいちゃいちゃする彼と楊香を置いて、野原の先の小道を魁利と歩きだした。

私と魁利は小道を少し進んで、そびえ立つ木を見た。
その木の近くには遊歩道があり、そこを下りていくと川が流れている。
清々しい澄んだ水の流れる川。
「魁利。こっち」
「うん」
魁利は頷き、川へと向かって駆け出した。
私は川へと走る魁利を、ゆっくり歩きながら見ていた。
魁利は、この世のものとは思えない程速い足だった。
川の中に手を入れ、きゃっきゃと声を上げている無邪気な魁利がそこにいた。
「心愛ちゃん、はやく!」
「今いく」
私は魁利のいる水辺へと小走りで向かった。
「まだ冷たいよ」
魁利は、川の中に入れていた手を真上に上げた。
魁利の手から冷水が零れ落ち、宝石のように跳ねた。
「本当だ。冷たい」
春と言えどもまだ川の中は凍りついているかのように冷たかった。
「ねえ、魁利。楊香と魁利は、どこから来たの?」
「わかんない」
「わかんない?」
「うん。小さいころの記憶とか、ないんだ。たぶん、楊香も」
魁利は水面をじっと見た。
「そうなんだ」
私は水面に映る自分を見つめた。
「ごめんね、心愛ちゃん。私達が澄み始めたばかりに、辛い思いさせちゃって」
「仕方ないよ」
「あと、楊香が心愛ちゃんの博人さんを…」
「もうそれはいいから。それに、私にはひろくんは不釣り合いだってことくらいは
わかってるし、不細工だってことも前々から承知の上」
「そんなことない。心愛ちゃんは可愛い」
「いいの、気を遣わなくても」
「でも…」
「良かったと思ってるよ」
「えっ?」
「難病になったのは辛いけど、愚痴言ってても始まらないしね。
どんなに泣いたって、難病が治るわけじゃないし」
「心愛ちゃん…」
「寧ろ、話し相手―というか、友達?が増えてよかったって思ってるもの」
「ありがとう、心愛ちゃん…」
魁利が目に涙を浮かべて俯いた。
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