希望の夢路
そんな彼女の震えを止めるように、僕は痛いほどの力を彼女の手に込めた。
彼女が、僕を見上げた。
視線がばちっと音を立て互いの目が合うと、彼女は笑いながら恥ずかしそうに目を伏せた。
笑っている彼女も可愛いけど、目を伏せた彼女はもっと大人っぽく上品に見える。
「誰が帰っていいと言った?」
僕らの幸せな時間に水を差す智也は、僕らの最大の敵だ。手強い。
どうやって、倒そうか。
「そろそろいいだろ?心愛ちゃんも疲れてる。少し冷えてきたし、彼女の体にも障る」
「…まあ、いいだろう。逃げられると思うなよ」
智也は僕に近寄り、僕の胸ぐらを掴んですぐに離した。
「じゃ、またな。心愛」
そう言って智也はくるりと背を向け、片手を高く上げ去っていった。

僕が智也の背中を見えなくなるまで睨みつけていたら、彼女の手が僕の手をするりとすり抜けた。
次の瞬間感じたのは、彼女の体温。
僕の胸にじんわりと温もりのある体温の彼女が、小刻みに揺れながらしがみついていた。
彼女は、震えていた。
「大丈夫だからね」
僕は彼女の頭を撫で、髪を梳いた。
真っ黒の真っ直ぐな髪に、僕は何度も指を差し入れた。
彼女は気持ちよさそうに目を閉じた。

智也が彼女のことを『心愛』と呼んでいるのが、気に食わない。
僕以外の男に、特に智也にだけは彼女の名を呼び捨てになどして欲しくない。そう思ってしまうのは、独占欲の欠片(かけら)とでもいうのだろうか。


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