クワンティエンの夢(阿漕の浦奇談の続き)

委細気にしないO型の郁子

その様子をあずま屋からちょっと離れた所で眺めながら梅子グループが弁当を使っている。来る途中で買って来たフライドチキンに豪快にかぶりつきながら「梅子さん、弁当食べないんですか」と恵美が訊く。「あいつ(郁子)に見られたくないんだよ。うるさいったらありゃしない」「ほんとっすよね。花より弁当ですよ、見てたってしょうがないじゃん」。しかし加代が「でも梅子さん、料理は郁子といい勝負じゃないですか。むしろ見せつけてやればいいのに?」と不思議がって云う。普段から梅子の家に恵美とともに訪うかして梅子の料理好きとその腕のよさを知っていたのだった。郁子についてはこさえた手料理を時々部活に持ち込んでは皆に食べさせるのでその腕のほどを熟知していたのである。両者の甲乙のほどは加代には付けがたかったし、食べるものこれすべて絶品のごとき恵美ではなおさらだった。ただ梅子が主に和食で郁子が西洋料理の違いはあった。亜希子に対するほどではないが郁子に対してもなぜか梅子にわだかまりがあって、何事につけても素直に交誼を結び切れないのだった。今もそうである。しかしその郁子がこちらは一切誰にもわだかまりなく、織枝と絹子の弁当吟味を終えてこちらへとやって来た。「あたしのはケンッタキー・ランチだよん」と先回りして恵美が云う。「知ってますよ。近鉄吉野駅の前で買うのを見てたから。それもいっぱい。部長と加代さんが別の店で幕の内弁当を買ったのも。お目当ては梅子さんです。さあ、梅子さん、御自慢の手造りのお弁当見せてください」と云うのに「うるさいわね。人の弁当を見て回ったりして、いやな子ね。あたしのは日の丸弁当よ。あたしを一個入れて来ただけ」とつれなく梅子が答える。弁当のフタをおさえていっかな見せようとしない。だが向こうから亜希子の声がかかる。「謙遜謙遜。梅子の料理の腕はプロ級よ。そうね、リュックから伝わっていた匂いからすれば、そのふたの下はたぶん私や加代と同じ、幕の内よ。それも相当手の込んだ。チェダーチーズを巻いた椎茸にお肉の合わせ焼き…それにカボチャのバター焼き…あとは前日に仕込みをしたサケの照る焼きかなにかでしょう」と中が見えるかのように云ってみせる。はたして図星なのか一瞬口を半開きにして梅子が亜希子を見やる。その隙に「あ、ほんとだ。これは凄い。さすがは和食の鉄人、梅子さんです。型ではない俵型のおむすびと云い、おかずのレイアウトも…」「こ、この、勝手にフタ開けるな!」「キャー、ごめんなさい」と遣り取りしてはみんなを笑わせ和ませる。まったくのところ八方美人というのではないが一切人見知りをしたり臆することのない、郁子のO型ぶりだった。蓋しこれは将来処世し行くにかなりの武器となる人の器と知れる。その天真爛漫の表情の奥にどのような狡知と度胸があるのか、未だ人には見せぬ、また本人自身が自覚もしていない、潜在した能力とも、あるいは業とも付かぬものの持ち主であった。もし然るべき時と縁が至れば表出するのかも知れないが今は皆の取り持ち役として、また道化役としてあるばかりである。
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