クワンティエンの夢(阿漕の浦奇談の続き)

白河上皇の如き白河学長

ちょうどそれは奇しくも同名となる古の彼の白河上皇が、摂関家から権力を奪って院政を敷くに至る過程とよく似ていた。上皇は台頭する受領階級を、また亜流に過ぎなかった下位貴族たちを北面の武士や院近政の面々としてそれぞれ登用し、荘園主として私腹を肥やし続けていた摂関家を始めとする有力貴族たちから、天皇直轄領としてその班田を取り戻し天皇親政を実現したのだった。都に屋敷を構えて実際的な荘園管理を怠っていた貴族たちの足元をすくったのである。彼の西行法師こと佐藤義清も、またのちの天下人たる平清盛もその典型的な受領階級、就中北面の武士の出身者である。語弊があるが現代の若者、就中学生たちを入学金や授業料を奉納する古の班田農民たちとすると、その獲得方法に於いて白河学長は優れていた。旧来の名門として胡坐をかいていた国公立大学などから学生たちを奪ってみせたのである。ちょうど大学は出たけれど…とする超就職難の時期にも重なっていたのだが、そこに於いて将来の仕官や就職、あるいは起業を夢見る学生たちを、嘗ての義清や清盛ら野心満々の若者たちと見做すこともできるわけだった。しかし梅子の場合は彼らとは些か違っていた。野心がないわけではないがそれよりも、筋の通らぬことへの反感がなにしろ強かった。能力のある者、況やそれを実証させて見せた者への認証と待遇はあってしかるべきだ思われてならなかったのである。それから高じて言行不一致の人間にも我慢がならなかった。合理的学業指針と不合理極まりない歌人会の指針はいったい何なのか。おかしいではないかと心中で常々白河を責めていたのである。とにかくこの白河征司、のちにこの物語の後編に御登場願うとしよう…。
話を戻すが斯様な経緯での梅子の恥ずかしさと無念さを悟った加代が、その梅子の手を握って無言のままになぐさめる。恵美はいっそ鳥羽をぶっとばしてやろうかと手をこぶしにしてふるわせるがさすがに実行までははばかられた。まったくとばかり亜希子は鳥羽と梅子一派を見遣るがもとより心入れは身内の梅子ら三人にあるのだった、たとえ普段からどれだけ反抗の煩わしさを受けていたとしてもである。間違っても新歌人協会への梅子の思い入れを口にするつもりなどなかった。一方鳥羽に対してはいささか大人げないと思うが、しかし本人が云うように意を決して端から心を開いてくれたぶん、それを拒否された時の怒りが相当強かったのだろうとも思われた。けっして「いや、何も…」ではなかったのだ。
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