クワンティエンの夢(阿漕の浦奇談の続き)

恵美さん、どうぞ。叩いてもいいですよ

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とばかり織江と絹子にやさしく微笑みかけ、且つ鷹揚にうなずいては僧が話を再開する。
「さて、神仏に美しい裸体を供養する、まあ結構なことですが、はたして神仏がこれを受け取るでしょうか?その答えは一目瞭然。他への祈念にしても想念にしても、もしこれを受け手が受けざれば、そのような想念の類は息せき切って、それを発した当人のもとに返ってまいります。嘘とお思いなら誰でもかまいません、誰か私に対してお怒りの強い思いをぶつけてみてください。いや、叩いてもかまいません。どうですか、恵美さん、さあ、御遠慮なくどうぞ」と云うのに「いいえ、めっそうもない。伏してお話を頂戴するばかりです」と殊勝らしく恵美が答える。匡子と慶子が思わず吹き出してしまった。こんな口の聞き方ができるのかとなかば感心もしてのことである。
「そうですか。それでは仕方がない。私の話の確証を皆さんの前で実験して示そうと思ったのですが…もし私が、誰であるにせよその方の発した怒りなり不調和な念を受けなかったならば、その念は発した当人のもとへと帰って行くのです。するとどうなるか。その念が本人自身を縛り、その度合によっては諸天善神の法力による脱力状態、もしくは金縛り状態へと陥るやも知れません」ここでちらっと鳥羽に眼をやって「彼がその毒念を放棄しないかぎりその状態は続きます。そんなものは早く捨てて、楽になることです…えー、ともかく、ベトナムの御婦人たちがはからずもエクスタシーに陥ってしまうというのは、神仏が彼女たちの供養を受け取らずそれを返したからです。供養と称しながらその実みずからの身体への自負心こそがそこにはあった、身体への五官をともなって、です。そしてそれが顕現してしまったわけです。まあもっとも、そばで見ている男がいたとしたらまたとない見ものでしょうが…」娘たちがいっせいに笑う「えへん、まあともかく、さて梅子さん、さきほどの‘純蜜うんぬん’のことですが、ここいらで私がそう申し上げた趣旨をわかっていただけたでしょうか?」といきなり梅子へと質問をぶつけた。一瞬気圧されながらも「さあね。うっすらとだけど、わかりかけたかな。でも今はまだ遠慮しとくわ」と梅子はかわし更に「感だけどまだ話の先があるんじゃない?肝心なところはまだこれからなんでしょう?」と先をうながす。「うむ、さすが…」と再び僧が話を続けようとしたとき亜希子が鳥羽の放心状態を心配して「鳥羽さん、いかがですか?お茶を召し上がりません?これ、ジャスミン茶ですよ」と云いながら空になっていた鳥羽のポットの蓋に自分のポットから茶を注いだ。語りかけられた鳥羽は夢からさめたように亜希子の顔を見、「…ああ、すんまへん。おおきに」とぼそっと云ってはうまそうに茶を飲みほした。そして気まりわるげに「えっへん…まあ、しゃあない。あんたらが認めるんやったら…」などとうそぶいてはしかし恐れ入り気に僧を見あげる。僧はにこやかにそれにうなずいて見せ、いよいよ話の佳境へと入って行った。
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