クワンティエンの夢(阿漕の浦奇談の続き)
梅子、もういい…ああ、もう…
「ンなわけないじゃん!じゃあさっきあんたが鳥羽に、い、いや、鳥羽さんに云ったあの古語はなによ。‘いにしえ、幾多の男、女(おうな)を得給いて、生憎(あやにく)だち給いしを…’なんて云っちゃってさ。まるでいにしえの帝王の不節操を咎めているように聞こえたわよ。認めてないんでしょ?それを。にも拘らず愛という言葉にすべてを許容させるなら、それは信仰もだけどさ、サルの愛情もイワシの頭も、みんななんでもオッケーということになっちゃうじゃない。だからあんたの説法は矛盾しているのよ」「梅子さん、お茶」と加代が進める。誰のお茶だかカップだか、確かめることもなく一気に飲み干してから、なおも挑むように梅子は僧を見つめる。「わかった、わかった」と云って亜希子は梅子を止めたいのだが、そうすれば逆に再燃するに決まっているので無言のままでいる。僧も穏やかにうなずくだけで無言のままでいる。たたらを踏んだ梅子がいまさらのように「誰のお茶?これ」と加代に聞く。「梅子さんのです」「あ、そう…」と話の矛先を失ってばつの悪そうな梅子。そのままほっとけばいいのだが郁子が「もう止しましょう、梅子さん。サル、サルってお下品ですし…」「しっ」とばかり指を立てて亜希子が止めたが「きっとその女性兵士はおサルさんがこわかったんですよ。戦争のために人間らしい感情を失っている自分を、そのう…諭されるようで、それが堪えられなかったのでしょう」と云ってしまう。そのあたりが正解と皆も暗黙の了を示したようだが、ところがそれが梅子の急所を衝いたらしい。「梅子、もういい…ああ、もう…」遅かった。いままでがカミナリのドロドロドロだっとするとついにピカッ、ガラガラガラと来てしまったのだった。