クワンティエンの夢(阿漕の浦奇談の続き)
梅子異常論
「こら、郁子、聞いたような口を利くんじゃない!未熟な後輩に諭されるほど私は鈍っちゃいないよ!だいたい今あんたが云ったことからして建前の、一般論なんだよ。日本人のお得意わざで、自分の本音は隠しておいて、い、いや、そもそも本音を自分でも自覚できないでいて、建前を自分の意見と錯覚するほどに日本人は毒されているのよ。本音と建前が日本人の精神構造そのものだ。差別意識そのものだ。矛盾を矛盾のままにしておける愚かさ、それに拘泥しないでいられる無知傲慢さ。これを正しく糾弾する者がかえって排斥されるこの世の中の…その代表づらして、ものを云うんじゃないよ!」
「わ、わたしは何もそんなことまで…梅子さん、なんでそんなに怒るんですか?本音だの建前だの、思ってもみないことです」
梅子と郁子のこのやりとりは当然ながら梅子が非常識と断ずるほかのない皆の様子だった。なぜこれほど激高するのか、しなければならないのか、梅子はおかしいのではないか、と思うのが普通の見方というもの。さきほど来のこの梅子の様子にすっかり心を痛めているのが‘責任者’亜希子である。ふだんから同じような性癖を示すのはよくよくわかっていたが、ここ吉野に来てから、就中鳥羽や東尋僧侶に会ってからこの方、その荒れ方が尋常ではない。諌めるべきか、思い切って顔でも張ろうか、しかしやはりどちらも憚られる。心のどこかで梅子の激高のゆえをわかっている自分がいる。友として、あるいは母?…として?とにかくこのみっともないほどの梅子の様を本人に代わって忸怩とするほかはなかった。亜希子は無力げに僧侶の顔を見上げるばかり。一方亜希子とは違うがこちらも憤懣やる方ない風情なのが鳥羽で、ここでわしに仕切らせてくれれば万事さばいてみせるのに…と、不断に慈しんで来た社長としての、い、いや、会長としての裁断を示せないのが無念といった表情(かお)をしている。あきらかに梅子の言動は常軌を逸しているという、いわば梅子‘異常論’に完全にはまっているようだ。唇を真一文字に結んだままで無言でいた。この2人を始め郁子や、全員の呆れ顔をそれと見取りつつ、東尋坊がやおら口を開く。しかしこちらはまったく異常論に組しないようだ。はたしてどこの誰とも知れぬ風来坊(?)にまかせて、取り仕切らせていいものか、だいじょうぶなのだろうか?
「わ、わたしは何もそんなことまで…梅子さん、なんでそんなに怒るんですか?本音だの建前だの、思ってもみないことです」
梅子と郁子のこのやりとりは当然ながら梅子が非常識と断ずるほかのない皆の様子だった。なぜこれほど激高するのか、しなければならないのか、梅子はおかしいのではないか、と思うのが普通の見方というもの。さきほど来のこの梅子の様子にすっかり心を痛めているのが‘責任者’亜希子である。ふだんから同じような性癖を示すのはよくよくわかっていたが、ここ吉野に来てから、就中鳥羽や東尋僧侶に会ってからこの方、その荒れ方が尋常ではない。諌めるべきか、思い切って顔でも張ろうか、しかしやはりどちらも憚られる。心のどこかで梅子の激高のゆえをわかっている自分がいる。友として、あるいは母?…として?とにかくこのみっともないほどの梅子の様を本人に代わって忸怩とするほかはなかった。亜希子は無力げに僧侶の顔を見上げるばかり。一方亜希子とは違うがこちらも憤懣やる方ない風情なのが鳥羽で、ここでわしに仕切らせてくれれば万事さばいてみせるのに…と、不断に慈しんで来た社長としての、い、いや、会長としての裁断を示せないのが無念といった表情(かお)をしている。あきらかに梅子の言動は常軌を逸しているという、いわば梅子‘異常論’に完全にはまっているようだ。唇を真一文字に結んだままで無言でいた。この2人を始め郁子や、全員の呆れ顔をそれと見取りつつ、東尋坊がやおら口を開く。しかしこちらはまったく異常論に組しないようだ。はたしてどこの誰とも知れぬ風来坊(?)にまかせて、取り仕切らせていいものか、だいじょうぶなのだろうか?