クワンティエンの夢(阿漕の浦奇談の続き)

亜希子さんをもう一度よく見てください

「いや、よくわかります、梅子さん。あなたのお腹立ちのほどは」と法師が受けて続けて「みなさんはどうですか?梅子さんがなぜこうも激高されるのか、そのわけがわかりますか?」と主に鳥羽の顔を見ながら話を向けてもみる。「わからん。初対面の身やからなおさらやけど、ちょっとお…おかしいんとちゃいまんの。亜希子はん、この人はふだんからこないな激高癖がおますのんか?」と本人の梅子をさしおいて鳥羽が亜希子に聞く。「梅子、いいから」と鳥羽の無礼を咎めようとする梅子を制して「いいえ、決してそんなことはありません。今日だけ、今だけちょっと高ぶっているかな。鳥羽さんとお坊様にお会いしてからこの方、なぜか。フフフ、たぶんお2人のインパクトが強かったからでしょう。論破癖はふだんからありますので、お2人に負けまいとしたんだと思います」などと場をとりなそうとする。「ほー、なるほど。しかしそれにしてもえろうきつうおましたな、今の剣幕は。まあ面と向かって云うとまたなんやから…これは独り言やけど、ちょっとお…控えることを覚えたほうがええんとちゃうかいな。年頃のいとはんであるならば。(相好を崩して)それこそ、嫁のもらい手がなくなりまっせ」最後は関西人らしくユーモアを効かして鳥羽が間接的に梅子を諌めた。しかしそれにサーッと真っ赤なオーラを立ち上らせた梅子に「まあ、まあ、梅子さん、梅子さん!ちょっと待って!」と僧がこれを制し「いや、会長、激高癖とおっしゃるならさきほどの拙僧へのそれもなかなかのものでしたから、梅子さんばかりを云うこともありますまい。およそ無碍に激高するということは人にはあり得ません。必ず理由があってのことです。恐れながら会長で云うなら日頃の経営者としての叱責癖がお出になったのでしょう。しかしこの梅子さんの場合はいささかなりとも違います」こう云って改めて梅子を真正面から見詰め直した。「梅子さん、ザッツオーヴァーと云ってすべてを切ってしまうのは簡単です。激高癖にせよ何にせよ、心の性癖のままに行動し生きてしまうのも坂道を下るがごとし、楽なことなのかも知れません。しかしさきほどから責めてばかりいるこの亜希子さんをもう一度よく見てください」と云って一端言葉を切る。僧の眼差しには真摯な光が宿り、梅子の「鬼の目」をも癒すがごとし。たじろぐことはいっさいないようだ。しかし『ふん、亜希子がどうしたって云うのよ』とばかりなおも利かん気を丸出しにして梅子が亜希子を睨み、僧を睨む。
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