クワンティエンの夢(阿漕の浦奇談の続き)

法話する僧と聴聞をせぬ梅子

自分以外(恵美と加代は違うか?)これすべて不条理で自己本位な世間とするがごとき、懐柔の余地などいっさいないように見えるが僧は「私の目には亜希子さんがあなたを気遣い、心配しているように見えます。また、なぜかあなたに負い目を感じていらっしゃるようにも見える。あなたにはそれが見えませんか?」と単刀直入に尋ねた。対する梅子は激高癖激高癖とうるさいわねとばかり、また僧の平静さに負けまいとして平然をよそおいながら「そうねえ、初対面のあなたがたにはそう見えるかも知れないわね。でも(亜希子は)外面がよくても内面はうんぬんの類かも知れないわよ。つまりあなたがたへのポーズよ。わたしを心配しているどころか、ふだんは私たちにはさっきの純蜜云々で、もっぱら横柄で強引だあね。ザッツオーバーよ」とわざとまた英語のフレーズを入れてみせ、それでもまだ云い足りないのかさらに「もっともこっちはブスで、彼女は観音様で小町さんだから、私たちは張り合おうなんて思わないけどね。殿方はすべて亜希子、亜希子となるに決まってるからさ」とやってしまう。「そうですか。ブスはともかく、(鳥羽を一瞥して)それはそうかも知れませんが、私を殿方の範疇に入れてもらっては心外です。一応男女の性を超越している身ですので。もっともそう云ってもオカマではありませんよ」匡子と慶子が例のごとく吹き出した。「ところで梅子さん、私やこちらの鳥羽会長と、ここで邂逅したということをあなたは偶然とお思いですか?」手を変えたかのような僧の思わぬ質問に「ん?」と一瞬でも毒気を抜かれる梅子。「出会いやものごとはすべて見えない糸でつながっています。これを諾(うべな)わず、偶然と切り捨てるならば世間は、世界は、すべてあなたから遠ざかり、乖離してしまうことでしょう。あなたが云う亜希子さんの強引さが、私や鳥羽会長をあなたに引き合わせたと、要らぬことをしたと、そうお思いならそれははっきり認識違いです」そう強く断定する僧にいささかでも梅子がたじろいだようだ。「また、はて…こちらは私の時空の認識違いでしょうか、さきほど、ふだんは人一倍節度を心得ているとおっしゃられながらも、それをもかえりみず、いきなりあなたがたが過去世の家族のように思われると、そう鳥羽会長が開陳されたこと、このことについてはどうですか、どう思われますか?」ここまで聞いて来てこの場に居合わす全員がはっきりとこの僧の超常能力を認識するにいたる。どこかに隠れて聞いていたのならいざ知らず、あの時にはまだ僧の姿はどこにもなかったからだ。しかしそのことを云い出す者はいない。示し合わせたかのようにただ僧の次の言葉を待ち受けている様子だ。いや、しかしたたらを踏まされた梅子が先に口を切った。
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