クワンティエンの夢(阿漕の浦奇談の続き)

色即是空・空即是色

「因縁生起とおっしゃりたいんでしょ?要は。すべての現象は原因があって起こる、つながりがあるという仏教の教え。それで云うなら確かにこちらの‘会長様’と過去に親子だったということもあるかも知れない。しかし因縁生起を略した縁起で云うなら、はっきり云って私にはあまりありがたくない、俗に云う縁起が悪い関係と、いまの邂逅でしかないわね」と僧の超能力には触れずに、せっかくの僧の再結をはかろうとする言葉を切り捨ててしまう。荒らぶる神の面目躍如というか、ジャスト積み木崩しでしかない梅子の言動ではある。恵美と加代をのぞいた、もはや反目に近い皆の視線が梅子にそそぐ。特にお嬢様コンビの匡子と慶子の表情が舌打ちしたげだった。しかし僧はいつものように委細拘泥せず「そうですか。受け賜りましたが、しかし仏教用語で云うならば、因縁生起よりは色即是空・空即是色だと申し上げたい。その心は…」とわざとここで間を置いて以下の重要性を梅子と皆に印象付けるようだ。やおら「色即是空、色、すなわち現象は空である、空に等しいのだと云う。しかしこの空とはからっぽを云うのではありません。因果で云うところの因に当たるのです。つまり諸々の現象の原因、元となるものですね。ここではこれを仮に亜希子さんと鳥羽会長としてみてください。亜希子さんが原因となって今のこの現象がある…とするわけです」「そりゃそうよ。さっき私がそう云ったじゃない」と梅子が一言「そうです。亜希子さんの強引さがこの私を呼んだと、さきほどそうおっしゃった。だが本当にそうでしょうか?‘強引さ’でしょうか?百歩ゆずってもしそうだとしても、ではその強引さを呼んだものはなんですか。それは亜希子さんの師を慕う心ではないでしょうか」「師って誰よ。西行法師のこと?」「はい、だと思います。その慕う心には尋常ならざるものがあると、そう、私は拝見しました」と云っては僧はやさしげに亜希子に視線を送る。その様子を忌々しげに確認してから梅子は「ふん、なにかあなたが西行法師のような気がして来たわね。拝見するに、結構な、お美しい師弟の間柄じゃないのさ」と云うのに「梅子、言葉が過ぎる!」亜希子がひとこと釘をさす。「いやいや、とんでもない。千年前の西行がなぜここにいますか。わたしはただの乞食坊主で、はばかりながらわたしも西行を師と慕う身なのです。それは始めに申しました。お間違えになってはいけませんが、しかしそう云うあなたには失礼ながら師というものがいないように見受けられる。拝見するに、自分自身が自分の師なのではないですか?換言すれば自分が一番大事、自分以外は信じられないとなるが」「そんな感じでんな」とこんどは鳥羽がひとこと云い「そんな感じですう、いつも」と郁子が同意する。カッとばかり梅子が云い返す前にすばやく「ま、もっとも、これは梅子さんに限らず昨今のトレンドですから気になさることはありません、梅子さん」と僧が制してしまう。
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