もう、我慢すんのやめた

しゅん、と項垂れてこれでもかと被害者アピールする私に佐倉は口角をあげた。


意地悪な顔。
そのまま、ペットボトルを持った手とは反対の手で私の頬をスーッと撫でる。


トクン、トクン……


教室の隅っこで、誰が見てるかも分からないのに。優しく優しく触れる手。

人前で佐倉が触れてくることなんて、今までなかったのに。どうしちゃったんだろう?


佐倉が動くたび香る、佐倉の匂い。
転校初日に感じた甘く爽やかな柑橘。

この匂い、大好きだな。



「さ、佐倉……?」

「目の前に俺がいんのに、ボーッとしてた罰」

「い、痛い……」



優しく触れていたはずの佐倉の手が、今度は急に私の頬をつねる。もちろん、そんなに痛くないけど。


こういう時、人間は咄嗟に「痛い」と口走る生き物だ。片方しかつねられてないから、案外普通に喋れる。


「何考えてた?」

「な、何って……」


佐倉のことだよ。
……勝手に佐倉がモテるところ想像して、ヤキモチ妬いてたなんて恥ずかしすぎて言いたくない。


「俺といる時も、アイツのこと思い出す?」

「へ……?」


アイツ……。
って、弥一のことだよね。
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