もう、我慢すんのやめた



そう言って、弥一が立ち止まる。

「え?」と声を漏らして、同じく立ち止まった私に、弥一が優しく微笑むから


訳が分からなくて首を傾げるしかない。



「弥一?」

「……俺、事故の後。芽唯のことがすげぇ大事なんだなって改めて思った」



真剣な声。ぶれない瞳。苦しくなる胸。


松葉杖を持っている手とは反対の手で、私の頭を軽く撫でる優しい手は、そのまま私の髪を梳いて落ちていく。



「芽唯がいれば何があっても頑張れる。だって、自分がこんなケガしてんのに、後悔1つしてないし。むしろ守れてよかったって、自分で自分を誇りに思うくらい」

「っ、弥一……」

「ケガが治るまでそばにいてって言ったけど。やっぱ人間欲張りになるよなぁ。……芽唯との毎日がずっと、ずっとずっと続けばいいって思ってる。芽唯の気持ち……、俺んとこ戻ってくればいいのに」



悲しげに揺れる弥一の目を見れずに俯く。だってもう、私の気持ちが弥一に気持ちが戻ることは、きっとない。

たとえこの先ずっと、昔みたいに弥一と一緒に過ごす時間が増えても、昔と同じように弥一にときめいたりしない。


「弥一、私……」

「来週のデート、楽しみにしてる」


私の言葉を遮った弥一の声が、勝手にいつものトーンへと戻ってしまったから、私はそれ以上何も言えずに頷いた。
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