もう、我慢すんのやめた
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どこにでもある、極々普通のアパート。
『315』と書かれたドアには、雑な字で”佐倉”と書かれている。
ここだ。
インターホンを押そうと手を伸ばして、
「あ、何も買ってこなかった……」
自分が手ぶらなことに気付く。
普通、お見舞いって言ったら何かしら食べられそうなものとか、スポーツドリンクを買うのがベタだよなぁ。
でも、近くにコンビニなかったし。
あんまり遅くなっても迷惑だろうし。
……でも、佐倉のことだからきっと、そういうの気にしないだろうけど。
弱ってるとこ他人に見せたくない人も多いし。ちょっと顔みたら帰るくらいでちょうどいいかな。
気を取り直してインターホンに手を伸ばして、今度こそボタンを押した。
家の中に”ピンポーン”と、在り来りな音が響く。
……そもそも、39度もあるのに起きられるのかな?
お見舞い、逆に迷惑だったりしないかな。
一向に出てくる気配のないドアの前で、色んなことが頭をよぎる。
そんな私に、
「うちに何かご用ですか?」
どこかで聞いたことのあるような声が聞こえて、無意識的に後ろを振り向いた。