おじさんは予防線にはなりません
「なんでちゃんとできないんだろ……」

浴場には誰もいなかった。
ピシャン、ピシャンと水滴の落ちる音だけが響いている。

「……私は大河が好き」

広い浴場に響く声は酷く虚しい。
きっと大河は私の本心を知って抱かなかった。

――私の本心?

私は池松さんを忘れると決めたのだ。
なのになんで。


部屋に帰ると、大河はすでに眠っていた。
テーブルの上にはさっき無かったビールの空き缶が一本。

「ごめん大河、ごめん。
もっとちゃんと、大河を好きになるから。
だから次は絶対に大丈夫だから。
だから……ごめん」

寝顔に謝ったって意味がないのはわかっているが、それでも謝りたかった。
当然、大河からの返事はない。
自分の布団に潜りながら――次、なんてあるんだろうか。
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