おじさんは予防線にはなりません
「……池松さん、れす」

私を見下ろす、眼鏡の奥の瞳は揺れていた。
なにも言わない彼が悲しくて、もう一度、唇を重ねる。

やはり、反応はなにもない。

諦めて離れようとした瞬間。

「……!」

ぐいっ、池松さんの手が、私の腰を抱き寄せた。
チン、一回に到着したエレベーターのドアが開く。

けれど彼は離れなかった。

唇を割ってぬめったそれが入ってくる。
口の中はすぐに酒臭い吐息で満たされた。

誰も乗ってこないまま、ドアが閉まる。
狭い空間に熱が籠もっていく。

「……」

ようやく唇が離れ、池松さんを見上げた。
そっと彼の手が、私の頬を撫でる。

「……誘った羽坂が、悪い」
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