おじさんは予防線にはなりません
村田さんがポケットファイルを私物化しているのは知っている。
だから、仕事で使う分以上がいるのだと。

でもたかだか一派遣社員の私になにか言えるはずもない。
そしてそのしわ寄せは当然、私にきて、私が本多(ほんだ)課長に怒られる。

もっとも、本多課長は陰鬱なため息をつくだけでなにも言わないとは思うけど。

「羽坂(はさか)」

「は、はい!」

どっぷり暗い沼に沈んでいたところに突然声をかけられて、背中が一気にピシーッと延びた。

「眉間にしわ、寄ってるぞ」

死角から現れた眼鏡の男――池松(いけまつ)さんは人差し指で自分の眉間をとんとんと叩いた。

「あ……」

思わず、確認するように自分の眉間にふれてしまう。
延ばすようにぐりぐりと少しだけ揉んで、指を離す。
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