この溺愛にはワケがある!?
隆政は一度、自宅マンションへ帰った。
持ってくる荷物は衣類や靴しかなく、その他は処分してしまおうと思っていた。
処分に際して、隆政は洋二と梨沙に連絡した。
要るものがあれば持って帰ってもらうことにしたのだ。
特に前から大型の冷蔵庫を欲しがっていた梨沙に、酒やつまみしか入ってない冷蔵庫は一番に目をつけられた。

「一人暮らしにこんな大きな冷蔵庫必要ないのにねぇ?贅沢だわ」

梨沙はコツンと冷蔵庫を叩いた。

「そうだな。ここにも殆どいなかったし、新品みたいなもんだよ」

スーツケースに衣類を詰めながら隆政が言う。

「なぁー!これは?持って行くか?」

引越しの手伝いを申し出てくれた洋二が玄関から大声を出した。
ダイニングから覗くと、洋二が玄関に置いたゴルフセットで遊んでいる。
それは接待用で営業担当の隆政にとっては必需品だ。

「それは必要だ……あー、でも置けるかなぁ……玄関が狭いしな……」

「怒られるんじゃないか?」

「……かもな、聞いてみてからにする」

いつになく殊勝な隆政を梨沙がからかった。

「変わるもんよねぇ。タカちゃんがそんなに懐くなんて。美織ちゃんって何なのかしら?ね?」

「何だろうな」

「わからないの!?」

「………わかるわけないだろう?説明出来るような感情じゃない」

怒ったように言う隆政の頬は少し赤い。
梨沙も洋二もこんな隆政を見るのは初めてだった。
いつだってつまらなさそうにして、表情もなく冷たい目をしていた。
そう、あの事故があってから。
梨沙と洋二には、隆政が自暴自棄に見えていた。
だがわかってはいたがどうすることも出来ない。
二人には隆政の抱えるものが、自分達ではどうすることも出来ない種類のものだとわかっていた。

「大好きなんだねぇ」

「そうだなぁ」

梨沙と洋二は息もぴったりに呟いた。
夫婦だけあって考えることは一緒のようだ。

「お前ら!口を動かすんじゃなくて、手を動かせ!冷蔵庫が欲しいんだろ?」

ほんのり赤いまま隆政は怒鳴る。

「はいぃ!!冷蔵庫が欲しいです。隆政先生!!」

梨沙がおどけて敬礼をした。

「先生ってなんだ?!まぁいい、早く纏めてくれ!今日中に片付けるからなっ!」

「了解であります!冷蔵庫の為に不肖私、武田梨沙、粉骨砕身で……」

「だから、手を動かせ」

「あい………」

隆政と梨沙の漫才のような掛け合いに洋二は目を細めた。
小学校の頃に戻ったようだ。
穏やかで楽しいあの頃に。
懐かしい昔に思いを馳せていると、射るような視線が刺さっているのを感じた。

「わ、悪い。手を動かします……」

と洋二はまた玄関へ行き必死で靴を段ボールに詰める。
それから三人は黙々と手を動かし、昼になる頃には全ての作業を終わらせた。
梨沙は念願の冷蔵庫を手に入れホクホクしている。
洋二は高いウイスキーやブランデーを山のように貰い上機嫌だ。
そして、隆政は意気揚々とマンションを後にした。
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