この溺愛にはワケがある!?
そんな階下の会話など気にもせず、行政は国王のように威厳たっぷりと階段を降りてきた。

「婆さん、まだ中だって??」

話しかける隆政には目もくれず、行政は美織を見たままそれに答えた。

「ふん。構わん。あいつがいなくても結納は出来る」

「旦那様……」

「牧さんもすまないね。折角料理を作ってくれたのに……」

謝る行政に、牧は「いえ……」と首を振って場を辞した。
隆政には強気な牧だが、家主、行政にはそうではないらしい。
やはり行政は絶対権力者なのだ。
家でも、会社でも、この都市(まち)でも。

「で、美織さん。あいつに話があるって?」

絶対権力者が美織に尋ねる。

「……はい。実は昨日、祖母の日記を見つけたんです。それで……」

「え!?なん……なんだって…?!日記?七重さんの??」

激しく動揺し身を乗り出す行政は、美織の肩をガッと掴んだ。
その動揺の仕方に美織は心底驚いた。
隆政も同じく眼を丸くしている。

「あ、はい」

「どこ!?今日持って来てる!?それを……私は見ても……いいんだろうか?……」

行政は美織の肩を掴み必死に語りかける。
………美織は迷っていた。
七重は行政に日記を見せることを許すだろうか。
でも日記があると言ってしまえば、行政が見たがることもわかっていたことだ。
目の前の必死な行政を見て、日記を見せないという選択肢はもう考えられない。

行政も七重に突然別れを告げられた。
その理由も知らないままに、失意のうちに見合いをし結婚をした。
だから、何十年経った今でも、七重のことを忘れられずにいるのではないか?
終わっていないから、想い続けるのではないか。
日記を見ることによって、その別れの理由を知れば行政もちゃんと前を向けるのかもしれない。

「あります。お見せします」

「みお!?いいのか!?」

今度は隆政が驚いた。
行政に大切な七重の日記を見せる、ということを決めた美織の選択が意外だったからだ。
だが、隆政の問いかけに美織は強く頷く。
その何かを決意した瞳を見て、隆政も納得して頷き返した。

「ありがとう……美織さん、ありがとう」

行政は肩を掴んだ手を離し、今度は美織の手をきつく握る。
その手は少し震えていた。
それを見た隆政がイラッとしながら舌打ちをするのを、美織は心の中でクスッと笑った。
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