この溺愛にはワケがある!?
午後6時、11月下旬の夕方は日が落ちるのがとても早い。
市役所を出た頃には薄闇の光景だったのが、もうすっかり闇夜になっていた。
相変わらず高級国産車の車内は物音一つせず、普段はうるさいくらい構ってくる隆政も前を向いたままだんまりを決め込んでいる。
美織はこの奇妙な空間に流れる緊張感で、手足が冷えてくるのを感じていた。
ぎゅっと握ると血流が止まり手が真っ白になる。
浮き出る血管を押さえてみたりしながら、美織は必死で何か他のことを考えようとした。

(……明日の昼当番は私だったかな?えーと、私と細川くん……ということは、お昼ご飯は一人ね……お昼ご飯……ああ、お腹がすいた……)

ぐぅぅーーーー
美織の腹の虫は全く空気を読まない。
エンジン音さえしない車内に、何の遠慮もなくその音は響いた。
緊張感が漂う車内は一瞬で不思議な雰囲気に包まれる。
美織はこの微妙な空気の中、どういって誤魔化したものかとダラダラと冷や汗をかいた。
いや、そもそも二人しかいない車内で誤魔化しなど利かない。
為す術もなく美織は項垂れた。

「……………くっ……………」

(くっ?)

「ふっ…………くっ………」

(ふっ?くっ?)

運転席から聞こえてくる圧し殺した声に美織は顔をあげた。
そしてゆっくりと右に顔を向ける。

「くくっ………ふふっ……」

そこには必死で笑いをこらえている隆政が百面相をしている。
弛もうとする表情筋と必死で戦っている姿に、今度は美織が吹き出していた。

「ぶっ!」

「おい、何で笑った?!腹を鳴らせたのはそっちのくせに!」

隆政が赤い顔をして言った。

「ああ、うん。ごめん。でも……その……その……あなたの顔が……ぶぶっ!」

「何がおかしい!!」

「だって……凄い顔で……笑うの我慢してるから……」

隆政は前を見たり美織を見たり、忙しく首を動かしながら反論をしようとした。
だが、相変わらず美織はお腹を押さえて大笑いしていて他のことなど耳に入らない。
今何を言い返しても無駄だな、と、深く溜め息をついた隆政は赤い顔のまま運転に集中した。
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