この溺愛にはワケがある!?
「さ、こちらです」

従業員の女性は美織に言うと、さっと膝をつき障子に向かい、

「黒田様、失礼致します。お連れ様がお着きでございます」

と言って美織を中に促した。
部屋の中にはいかにも高そうなグレーのスーツの行政の隣に、これまた高そうなダークグレーのスーツでガタイの良い男が姿勢を正して座っていた。
ネクタイの色は深い赤。
行政のネクタイが深い青なのと、対比してとても鮮やかだ。
その容姿は、なるほど行政が自慢するだけのことはある。
彫りが深く、眉もキリリとしていて、目のインパクトが凄い。
真っ直ぐ人を見る態度からとても自分に自信があるのがわかる。
そう、きっと、とても自信家だ。
と、美織は分析した。

「すみません。お待たせしましたか?」

美織は入ってすぐの所に座り、行政に問いかけた。
しかし何故か行政は美織を見つめ身動き一つしない。

「黒田さん?あの?」

「………それは、七重さんの着物だね?」

「ええ……そうですが……何故それを?」

行政は懐かしそうに美織を見つめ目を潤ませている。
そして美織の質問には答えずにサッと座り直すと、隣の男に向かって言った。

「隆政、美織さんだ。挨拶を」

「はい。黒田隆政です。初めまして美織さん、宜しくお願いします」

その男、黒田隆政はとても大きな良い声で名乗る。
彼のことを別段素敵だとは思わなかったが、伸びやかなその声には少し惹かれた。
目を瞑って聞けばきっと良く眠れるだろうな、などと考えてしまい慌ててそれを頭から振り払う。

「あ、はい。初めまして。加藤美織です」

『宜しくおねがい』することもないだろうな、と美織はそれを挨拶から端折った。
そんな美織の考えなど知るよしもない行政は、満面の笑みで話始める。

「美織さん、今日は来てくれてどうも有り難う。堅苦しいことは抜きにして、いっぱい食べてくれていいからね。あ、私はこれから上で会議があるので失礼するけど、あとは隆政に任せてあるから」

(後は若い二人で……っていうやつかしらね。でも、その方がいい。行政さんに断るよりは隆政さんに断る方が断然楽だわ)

美織は行政が好意でやってくれていることを知っている。
そして七重のことを想っていたのではないか、ということもうすうす気付いている。
だから、行政が悲しい顔をするのをあまり見たくはなかった。
………いや、そうじゃない、本当はただ単に隆政よりも行政の方が好みのタイプだったのだ。

「大変ですね、休日までお仕事なんて。お疲れ様です。頑張ってくださいね」

美織はにっこりと行政に微笑んだ。

「ははっ、美織さんにそう言ってもらえるとなんだかやる気になるよ!じゃあ頑張ってくるか!」

おどけた風にいいながら、行政はよっこらしょと立ち上り部屋から出ていった。

そして、部屋には二人だけになった。
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