訳あり結婚に必要なもの
「くだらない。あたしがいつ、貴方を好きだと言った?」
あたしは早く帰ってシャワー浴びて寝たいのだ。それでなくても1日実験でこの体にこびりついた試薬の匂いが鼻に仕えて取れないのに。
「そんなこと言って。どうせ今でも恋人とかいないんでしょ?」
カチンと来た。
「あたしにはどうせ恋人なんて出来ないだろうから、俺で妥協しとけってこと?」
「いや、そうは言ってないよ」
和明はあたしの言葉に慌てたように首を振った。
確かに恋人はいない。でもそれは決して和明が忘れられないからとかではない。
むしろ、和明とのやり取りに疲れて当分は恋愛なんていいやと思ったからだ。特に主任という立場になってしまってからは、プライベートに割く時間も余裕もなかった。
「じゃあ何?あたしはあんたが忘れられなくて、今でも独り身だと思ってる?」
「違うのか?」
「違うにきまってるでしょう」
ほんと、どんだけおめでたい頭なの。
これ以上は話の無駄だと、ため息を吐いて彼の横を通り抜けようとした。しかしその腕を掴まれる。
「何よ。離して!」
「恋人。誰かいるのか?」
振り解こうとするあたしと逃すまいとする和明。幾らあたしが本気を出しても、男女の体格差がある以上、軍配は彼に上がった。
そのことに焦れたあたしは声いっぱい叫ぶ。
「いるわよ!恋人」
「何!?」
「もうすぐ結婚だってするんだから!」
嘘だ。大事な嘘ほど壮大なほうがいい。
しかしその嘘を信じて固まった和明から腕を引き抜き、あたしは自室に駆け込んだ。