かわいい戦争
肩を前に押される。
一拍遅れて足も前に踏みだした。
肩に手の感触があるのに、背後にひつじくんの気配はない。
お店の横にある路地に入ると、周りからの視線も完全に感じなくなった。
裏口前に着き、ひつじくんの気配が戻る。
「中に入ったら、新人を装って。挙動不審になっちゃダメ。堂々と、キャバ嬢っぽく振る舞って」
「う、うん。堂々とね。了解!」
「りったんのお母さんがいたら、そこの近くに行って。ちょっと失敗しても、笑顔で乗り切って」
「笑顔……わかった!頑張る!」
キャバクラの仕事内容とか仕組みとか、下調べしとけばよかった。
なんて後悔は、今更遅い。
ひつじくんという最強の協力者もいるんだし、大丈夫。
きっと、大丈夫。
扉の取っ手を回す。
重厚な音を立てて、開いた。
ここから先は、わたしはキャバ嬢だ!
薄暗い通路を進み、いくつか部屋を過ぎた。
奥に燦然とした輝きが見える。
おそらくあそこに、璃汰のお母さんがいる。
キャバ嬢にとっての戦場が近づくにつれ、背筋がぴんと張り、心拍数が上がっていく。
黒の蝶ネクタイをした男性のウェイターの後ろを颯爽と通り過ぎ、明るいほうへと足を速めた。