かわいい戦争



「知ってるよ」



未來くんの手のひらに頬をすり寄せる。


照れくさいけどいいの。

この熱が伝わってほしいの。



「未來くんの『かわいい』が本心じゃないこと、知ってる。嘘でもないことも、知ってるよ」



初めは胡散臭い軽薄な笑顔を信用できなかった。



綺麗なだけで、何も響かない。


なのに惑わされてる自分もいて。



未來くんのことを知っていくにつれて

もっと、もっとって、近づきたくなった。




「……海鈴、ちゃん……」



あ。

昼休みにも見た、不格好な微笑。



頬を包んでいた手は輪郭に沿って落ちていき、色素の薄い茶髪に触れた。


あっけなく毛先がすり抜けた指先が、名残惜しそうに宙を泳ぐ。



そしてぎゅっ、と強く拳を握った。



「……お、俺の、」


「え?」


「俺の母さんが、かわいいって言われたがりな人でさ」



これはきっと未來くんの話。

今の未來くんを成した昔話。


聞いたらもっと、未來くんのことを知れちゃうね。



「デート前に化粧しておしゃれして『かわいいでしょ?』って。でも俺、言ってやれなかった」



未來くんが一度瞼を伏せると、もう視線は絡まなかった。



「幼いながらにデート相手が父さんじゃないことに勘づいてたから」


「え……」


「最後まで褒めてやれないまま、母さんは愛人と家を出て行った」



もう十何年も前の話だ。

そう吐き捨てて、一番星を探すように天を見上げた。


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