かわいい戦争
「母さんにかわいいって言ってやれなかったから出て行ったんだと思った。あ、今ならちげーってわかるよ?だけど当時のガキだった俺には、それくらいしか理由が思いつかなくてさ」
璃汰は『あの人』『あいつ』と呼んでいたけど、未來くんは今でもなお『母さん』と呼ぶんだね。
愛のない在り方で育った似た者同士の、正反対の愛の形。
それがなぜか苦しくて、叫びたいほど苦しくて。
金切り声のひしめく左の胸を、きゅっと抑えた。
「不倫してるって勘づいててもさ、母さんがいなくなったこととイコールで結べなかったんだ。母さんはずっと“母さん”のままだって信じて疑わなくて……ははっ、俺バカだったなぁ。……“母さん”だって“女”なのにな」
そんなことない!
未來くんは、バカじゃないよ!
それくらいの言葉も声にならなくて。
頭を振るしかできなかった。
「バカなんだよ。……昔も、今も」
左耳に飾るドクロのピアスが、切なく光る。
骸骨が泣いてるふうにさえ錯覚できた。
「それが今でも忘れらんなくて……呪いみたいにかわいいって言ってやんなきゃって考えるようになっちゃったんだよね。本当に思ってんのに、感情が追いつかないっていうか……」
しぼんでいった声音は、乾いた笑い声と共にそのまま消えてしまった。