belief is all 『信念がすべてさ』
 ある冬の日、こっそり祖母さんに会っていた現場を見つかり、その夜彼女が帰宅するなり叩き起こされた。寒い夜中に歯をガチガチしながら長時間正座させられ、更に牛乳瓶で頭をバリンとやられ、痛いと言うより割れた瓶を見て俺は驚いてしまった。
「お母さん許してください、お母さん許してください‥‥」
俺は念仏のように唱え続けた。

 子供と云うものは虐待や逆境に遭遇しそれが慢性的な事になると、自己防衛の為かその苦難や苦痛を甘んじて受入れようとするようになる。俺も何時も
(自分が悪いんだ)
(この人は自分を育ててくれる良い人なんだ)
そう考えるようになっていた。

 五年生を迎える頃、ある日を境に女が帰って来なくなった。冷蔵庫は空で米も無かったので、何時も買い溜めしてあった即席ラーメンを食べて生きていた。
 ある朝、家の前にいると近所のおばさんが電話だと俺を呼びに来た。家の電話はとっくに止められていたので仕方がないのだが、呼び継ぎされるのが不自然な気持ちで電話に出ると伯父さんの家からで、
「シノブちゃん、お父さんが帰って来るから迎えに来なさい」
「‥‥はい、分かりました」(ああ、だからあの女逃げたんだ)
俺は一瞬で全てが理解できた。

「お母さんはちゃんと御飯の支度をしてくれていたか?」
「‥‥‥うん」
「ちゃんと家の掃除もしてくれていたか?」
「うん‥‥していたよ」(まずいなあ‥)
親父と二人で家に着き、ゴミ溜めのようになっていた部屋とラーメンしか無い空っぽの台所。親父は黙ってそれを観ていた。
 俺はあの女が帰ってきたら怒られるんじゃないかと、そんな事に気を使っていた。
 後に人伝に聞いた話だが、
「あの時ほど息子を可哀相だと思った事はなかった‥」
と、親父は洩らしていたらしい。が、俺自身にとってはそれこそが普通の暮しで、悲観も無い、不幸とも悲劇とも思っていなかった。子供は強い、全てが只普通の事だった。
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