OMUKAE☆DATE♪
「これは元が印度綿のスカーフなの。
確か、こっちに……」
バンの奥から箱を引き出す。
フタを開け、すうっと一枚広げた。
まっ白なガーゼに白で花がうっすらプリントしてある。
「これだけでも充分素敵だけど。
この花模様をガイドに、
上からさらに繊細な刺繍を施す事をを思い付いたってわけ。
布が薄いから技が要るけどね」
よく見たらけっこう広い。
裏から見てもキレイな感じで、これは刺繍した人は大変な作業だと思う。
いつの間にか青年もスカーフを手に持って、
「一部は大学の演劇部が衣装に使うとかで、色彩指定で予約済みです。
舞台観てみたいな、って思っているんですけど……」
タクニイさんがハキハキした顔になって、
「そっ。じゃ、作家さんの工房、どんどん回って作品商品、回収してきて!
バリバリ働く、働く!」
と、何やら伝票のような紙束を青年へ差し出した。
「えっ、何で僕だけ?店長も回ってくださいよ!!」
「イヤだ。ワタシはまだ香織ちゃんと話す」
青年はげんなりした表情になり、
「またオヤジ丸出しで……」
と、呆れた声で言った。
タクニイさんは、
「そっ。ワタシはオヤジ。若者は仕事。
とっとと行く。作家さん待ってるよ」
無情なほほ笑みだ。
「休日出勤の上、人使い荒いんだから。
しかも駐車スペースじゃないんですよ、ここ。
急いだほうがいいのに……」
ブツブツ言いながら車を離れる青年に、
「注意されて移動したら、携帯で知らせるからねー」
あるまじき店長、タクニイさんはヒラヒラと手を振った。
金髪の青年が遠くで小走りになっているのを見ながら、
「ウチの母も今日、休日出勤なんです」
……なんとなく言ってしまった。
タクニイさんはふーん、と言ってから、
「寂しい?」
と、訊いた。
「寂しい、っていうより慌ただしいな、って思って。
お姉ちゃんはイベントがない時はヒマそうだけど、お母さんは働き過ぎだと思う。
あのー……タクニイさん、もうひとつ訊いていいかな」
「え、なあに?」
タクニイさんはちょっと身構えた。
「篠原くんのお母さんがひとりで困っていたとき、どうして助けようと思ったの」
「は?」
ータクニイさんは当時中学生。
篠原くんのお母さんは、まだ赤ちゃんだった篠原くんと5歳になったばかりのお姉さんを連れていた。
「ああ、優人に話を聴いたんだ……。
どうしてって……困ってるようだったからじゃないの?」
タクニイさん自分の事なのに疑問形だ。
「それだけ?ホントに?」
喰い下がるとタクニイさんは頭を掻きながらウーンと唸って
「あとね、美人だったの。優人のお母さん」
あー、はいはい。
「そこかあ、やっぱり。
でも人妻じゃないですかぁ〜。しかもタクニイさん中学生で。理由になります?」
タクニイさんは眼を見開いて、
「そりゃあ、なるなる!
女の子だってイケメンには弱いでしょうが!
トシなんてカンケーないない!」
と、力説した。
そして、
「あと、ファッションのセンスも良かった。
子供二人連れてるのに、すっきりした雰囲気の服でね。
そこに少し疲れてる感じのしどけなさが加わるわけよ。
ーーここで男が声かけずに居れる?」
マジメに訊いて損した。
「……美人でお洒落だったから」
「そう」
「……それだと私、あんまり可愛いって方じゃないし、服も全然、流行りとか追えてない。
顔が綺麗で、自分が似合う服をたくさん着れる人は……やっぱり得だなって思う」
「不安なの?」
「へっ?」
「将来、誰かに助けてもらえるかどうか」
「……そういう訳じゃないですけど……」
……けど。
(あれ?あれ?そういう訳なのか?)
タクニイさんは居ずまい正して、こちらへ向き直る。
それから、こほん、と咳払いして、言う。
「いい?服には自分が表れるの。
服だけじゃない、持ち物や居場所、周りのもの全て自己の現れなの。
それらは元々身近に有ったものもあれば、
自分で決めたもの、
決めたと思い込んでるもの、
好きなもの、気に入らないけど仕方なく使っているものとか、
色々、混在しているわけよ。
自分を大切にしている人は、ものの持ち方もそうなるの。
丁寧に扱うものの比率が高くなる。
逆に雑な人はものの持ち方も雑になるってわけ」
でたっ!タクニイ哲学。
今日の私から、何かしら感じ取って話してくれているのは分かる。
が、
そこでつい、反抗したくなる。
「でも、私センス良くないし、……お金だって持ってないし、可愛くなるのって大変なことだし」
「解ってない。ハナシにならんな!」
タクニイさんは腕組みして、
「お金の有る無しは関係ない。
自分が良いと思ったものを大切にするだけ。
ブランド品は確かに高価いけど、
それはそれだけ手間がかかっているし、
商品に歴史や物語があって作り手が誇りを持って提供しているから。
商品のステイタスを自分の価値と混同するのは……まぁ、よくある事だけど言語道断。
ものの価値は持つ人としっくり馴染みあって初めて生まれるもの。
自分を大切にしている人はそれが表れる。
そういう人は同じように自分を大切にしている人に助けられるの」
こう言い切る時のタクニイさんの声は力強く、自信に満ちている。
ちょっとたじろいだ。
「でもっ。でも〜、
間に合わないとか、……手遅れってあるんじゃないかなー、とか思ったり……」
「はあ?手遅れって何?
今日はやけに弱気じゃない。何かあった?」
「ありませんです。特に」
美羽根 希沙のようにはじめから何もかも持っている人もいる。
夕美さんみたいに自分の才能がわかっていて、
真っ直ぐそれに向かって行けたらどんなに良いだろう。
タクニイさんはプッと吹き出すと、ハハハとおおらかに笑った。
「あのね、気が付いたときからで良いのよ、
できる事をできるだけで。
無理したってしょうがないんだから。
人目が気になるならお洒落なんてこっそりでもできるじゃない。
この世界はもっと柔軟で幅広くて奥が深い楽しいもの。
まあ、厳しくて複雑でもあるんだけど。
自分の大好きな服、ちゃんと整えた服でいたらきっといいこと、あると思うよ」
「……わかります」
朝、勘違いした母上から不要の臨時収入を……、
もとい、緊急の必要経費を(わずかな罪悪感と共に)頂いた。
確かにお洒落は得になる。
「ならば、よろしい」
尊大な態度でおどけるタクニイさん。
携帯の着信音が鳴った。タクニイさんのだ。
「あ、はいはい。……今?
女子高生と話してんの、いいでしょ。
あははっ。
ハズしてないわ、それも。さっきまで寝てた。
はあ?怒らせて喜んでないよ別に。
忙しい?
……あ、そう。
玉ねぎ?……うん。ヨーグルト?陽太に?
うん。スーパー近くだし、寄ってく。
あー……、
買わない、買わない。車だし。
……家にある分でね。はいはい。
うん、じゃ」
どうやら相手は奥さんのようだ。
タクニイさんは携帯をしまい、運転席近くにメモ書きを貼ってから、
「ヨメ。
買い物、頼まれた。
家に来客で、手が離せないみたい。
……多分これだと夕方から忙しいかな」
と、ため息をついた。
「すいません。話し込んじゃって」
と言うと、
「ううん、こっちが引き留めたんだから。
ドレスにしてもすごく良い反応だったから、
手応え感じ取る事ができたし。
話して楽しかったよ。ありがと」
お辞儀して図書館ヘ行こうとすると、
「待って」
と、タクニイさんが呼び止めた。
「これ、あげる」
見ると、先程のスカーフの元の物だ。
「えっ、そんな。いいです、悪いです」
遠慮すると、
「いいの、いいの。
これ仕入れ値そんなにしないものだから。
原価はもっと安いと思うわ。
だから『育てて』みたら?」
確か、こっちに……」
バンの奥から箱を引き出す。
フタを開け、すうっと一枚広げた。
まっ白なガーゼに白で花がうっすらプリントしてある。
「これだけでも充分素敵だけど。
この花模様をガイドに、
上からさらに繊細な刺繍を施す事をを思い付いたってわけ。
布が薄いから技が要るけどね」
よく見たらけっこう広い。
裏から見てもキレイな感じで、これは刺繍した人は大変な作業だと思う。
いつの間にか青年もスカーフを手に持って、
「一部は大学の演劇部が衣装に使うとかで、色彩指定で予約済みです。
舞台観てみたいな、って思っているんですけど……」
タクニイさんがハキハキした顔になって、
「そっ。じゃ、作家さんの工房、どんどん回って作品商品、回収してきて!
バリバリ働く、働く!」
と、何やら伝票のような紙束を青年へ差し出した。
「えっ、何で僕だけ?店長も回ってくださいよ!!」
「イヤだ。ワタシはまだ香織ちゃんと話す」
青年はげんなりした表情になり、
「またオヤジ丸出しで……」
と、呆れた声で言った。
タクニイさんは、
「そっ。ワタシはオヤジ。若者は仕事。
とっとと行く。作家さん待ってるよ」
無情なほほ笑みだ。
「休日出勤の上、人使い荒いんだから。
しかも駐車スペースじゃないんですよ、ここ。
急いだほうがいいのに……」
ブツブツ言いながら車を離れる青年に、
「注意されて移動したら、携帯で知らせるからねー」
あるまじき店長、タクニイさんはヒラヒラと手を振った。
金髪の青年が遠くで小走りになっているのを見ながら、
「ウチの母も今日、休日出勤なんです」
……なんとなく言ってしまった。
タクニイさんはふーん、と言ってから、
「寂しい?」
と、訊いた。
「寂しい、っていうより慌ただしいな、って思って。
お姉ちゃんはイベントがない時はヒマそうだけど、お母さんは働き過ぎだと思う。
あのー……タクニイさん、もうひとつ訊いていいかな」
「え、なあに?」
タクニイさんはちょっと身構えた。
「篠原くんのお母さんがひとりで困っていたとき、どうして助けようと思ったの」
「は?」
ータクニイさんは当時中学生。
篠原くんのお母さんは、まだ赤ちゃんだった篠原くんと5歳になったばかりのお姉さんを連れていた。
「ああ、優人に話を聴いたんだ……。
どうしてって……困ってるようだったからじゃないの?」
タクニイさん自分の事なのに疑問形だ。
「それだけ?ホントに?」
喰い下がるとタクニイさんは頭を掻きながらウーンと唸って
「あとね、美人だったの。優人のお母さん」
あー、はいはい。
「そこかあ、やっぱり。
でも人妻じゃないですかぁ〜。しかもタクニイさん中学生で。理由になります?」
タクニイさんは眼を見開いて、
「そりゃあ、なるなる!
女の子だってイケメンには弱いでしょうが!
トシなんてカンケーないない!」
と、力説した。
そして、
「あと、ファッションのセンスも良かった。
子供二人連れてるのに、すっきりした雰囲気の服でね。
そこに少し疲れてる感じのしどけなさが加わるわけよ。
ーーここで男が声かけずに居れる?」
マジメに訊いて損した。
「……美人でお洒落だったから」
「そう」
「……それだと私、あんまり可愛いって方じゃないし、服も全然、流行りとか追えてない。
顔が綺麗で、自分が似合う服をたくさん着れる人は……やっぱり得だなって思う」
「不安なの?」
「へっ?」
「将来、誰かに助けてもらえるかどうか」
「……そういう訳じゃないですけど……」
……けど。
(あれ?あれ?そういう訳なのか?)
タクニイさんは居ずまい正して、こちらへ向き直る。
それから、こほん、と咳払いして、言う。
「いい?服には自分が表れるの。
服だけじゃない、持ち物や居場所、周りのもの全て自己の現れなの。
それらは元々身近に有ったものもあれば、
自分で決めたもの、
決めたと思い込んでるもの、
好きなもの、気に入らないけど仕方なく使っているものとか、
色々、混在しているわけよ。
自分を大切にしている人は、ものの持ち方もそうなるの。
丁寧に扱うものの比率が高くなる。
逆に雑な人はものの持ち方も雑になるってわけ」
でたっ!タクニイ哲学。
今日の私から、何かしら感じ取って話してくれているのは分かる。
が、
そこでつい、反抗したくなる。
「でも、私センス良くないし、……お金だって持ってないし、可愛くなるのって大変なことだし」
「解ってない。ハナシにならんな!」
タクニイさんは腕組みして、
「お金の有る無しは関係ない。
自分が良いと思ったものを大切にするだけ。
ブランド品は確かに高価いけど、
それはそれだけ手間がかかっているし、
商品に歴史や物語があって作り手が誇りを持って提供しているから。
商品のステイタスを自分の価値と混同するのは……まぁ、よくある事だけど言語道断。
ものの価値は持つ人としっくり馴染みあって初めて生まれるもの。
自分を大切にしている人はそれが表れる。
そういう人は同じように自分を大切にしている人に助けられるの」
こう言い切る時のタクニイさんの声は力強く、自信に満ちている。
ちょっとたじろいだ。
「でもっ。でも〜、
間に合わないとか、……手遅れってあるんじゃないかなー、とか思ったり……」
「はあ?手遅れって何?
今日はやけに弱気じゃない。何かあった?」
「ありませんです。特に」
美羽根 希沙のようにはじめから何もかも持っている人もいる。
夕美さんみたいに自分の才能がわかっていて、
真っ直ぐそれに向かって行けたらどんなに良いだろう。
タクニイさんはプッと吹き出すと、ハハハとおおらかに笑った。
「あのね、気が付いたときからで良いのよ、
できる事をできるだけで。
無理したってしょうがないんだから。
人目が気になるならお洒落なんてこっそりでもできるじゃない。
この世界はもっと柔軟で幅広くて奥が深い楽しいもの。
まあ、厳しくて複雑でもあるんだけど。
自分の大好きな服、ちゃんと整えた服でいたらきっといいこと、あると思うよ」
「……わかります」
朝、勘違いした母上から不要の臨時収入を……、
もとい、緊急の必要経費を(わずかな罪悪感と共に)頂いた。
確かにお洒落は得になる。
「ならば、よろしい」
尊大な態度でおどけるタクニイさん。
携帯の着信音が鳴った。タクニイさんのだ。
「あ、はいはい。……今?
女子高生と話してんの、いいでしょ。
あははっ。
ハズしてないわ、それも。さっきまで寝てた。
はあ?怒らせて喜んでないよ別に。
忙しい?
……あ、そう。
玉ねぎ?……うん。ヨーグルト?陽太に?
うん。スーパー近くだし、寄ってく。
あー……、
買わない、買わない。車だし。
……家にある分でね。はいはい。
うん、じゃ」
どうやら相手は奥さんのようだ。
タクニイさんは携帯をしまい、運転席近くにメモ書きを貼ってから、
「ヨメ。
買い物、頼まれた。
家に来客で、手が離せないみたい。
……多分これだと夕方から忙しいかな」
と、ため息をついた。
「すいません。話し込んじゃって」
と言うと、
「ううん、こっちが引き留めたんだから。
ドレスにしてもすごく良い反応だったから、
手応え感じ取る事ができたし。
話して楽しかったよ。ありがと」
お辞儀して図書館ヘ行こうとすると、
「待って」
と、タクニイさんが呼び止めた。
「これ、あげる」
見ると、先程のスカーフの元の物だ。
「えっ、そんな。いいです、悪いです」
遠慮すると、
「いいの、いいの。
これ仕入れ値そんなにしないものだから。
原価はもっと安いと思うわ。
だから『育てて』みたら?」