OMUKAE☆DATE♪
篠原君の後についてゆっくりと歩く。
夕方の通学路。
低くて長い長いブロック塀があり、
その上に続いてるフェンスの向こうに、
強い緑のポプラ並木がある。
小学校の校庭には、数人の生徒がいた。
放課後らしい解放感で、大声出して遊んでいる。
のどかな雰囲気だが、それだけに間が持たない。
空気がちょっと重い。
ユリちゃんが居ても重い。
ユリちゃんも重い。
ここは口火を切るべきであろう。
……うむ。
「なにか、秘密な事があるの?
さっきの会話だと」
言ってみた。
「秘密ってほどの事じゃないけど」
篠原君は力無く笑って、
「僕には、五歳年上の姉が居るんだけど。
僕が生まれたばかりの頃、
二日ばかり誘拐されていたことがあるんだ」
「……誘拐?」
「って言っても、本人は意気揚々として帰ってきたらしいんだけど。ちょっとした冒険気分で」
「犯人とか 、わかったの?」
篠原君は首を横に振る。
「若い男の人で、家には女の人もいた、ってことしか。姉も子供だったから。
僕は話に聞いただけなんけど」
「良かったね、無事に帰って来れて」
……それがどうしてあの会話になるのだろう。
『言いふらしたりしない』
「ところが、それで終わらなかったらしくて」
篠原君はズボン両側のポケットに手を入れた。
ちょっとだけうつむく。
「相手が男の人だったから、
『何かされたんじゃないか』
って言われるようになったって」
「え?」
「姉は普段通りに、元気で帰って来たのにね。
見ればデマだって解るのに、そういう事になってきちゃったんだ」
「……ひどい」
「……うん」
「なんでそんな事……」
だって、五歳でしょ。
元気で帰って来たんでしょ。
「うわさの出処は父の親友のおかあさんだってことがわかって。
後で考えてみると父の方が早く出世した事や、待望の男の子が生まれた事が妬ましかったんじゃないかって」
「……うう。人間ちいさい……」
「……そんなもんだろ」
腕の温度が下がる気がした。
何かを感じとってかユリちゃんがグズる。
「……うう~う!」
「ごめん、ごめん。ちょっと暗くなっちゃった。
やっぱり赤ちゃんて敏感に感じとるよな」
篠原君はそう言ってユリちゃんの頭をなでた。
それにしても腹の立つ話だ。
「もちろん、『そんな事はありません』って言ったんだよね?」
つい、余計なこと聞いてしまう。
「それがさ、」
篠原君は眼を伏せた。
「言う機会が無かったらしいよ。
その後ショックをうけた父が、母に何も言わないで会社を辞めてしまったから。
そのまま行方をくらませてしまったんだ」
「……うわ」
篠原君は笑って、
「しばらくのことで父も戻って来て、今は家族そろって平和に暮らしているけどね。
思い返せば笑い話って、母は言うんだけど。
社宅だったから家を出なきゃならなかった。
……お爺ちゃん……、父の父が、
『ふがいない息子ですまん』って、住む所だけは用意してくれたらしいんだ。
でも、お爺ちゃんも当時は入院中で。
父も居ないし、母ひとりで子供二人抱えて仕事を探す事になったんだけど。
新しく住んだ周辺は保育所とか少なくて、どこもいっぱいで断られたって」
……篠原君の家庭が、そんな波乱万丈なエピソードをくぐり抜けてきたなんて。
聞いておいて思うのもなんだけど、聞いてよかったんだろうか……。
篠原君は続ける。
「母が疲れ果てて公園で途方にくれていたら、中学生くらいの男の子が、
『どうしたんですか』って声かけてきたんだって」
ああ、そうだった。
「その子が、タクニイさん?」
「うん、そう。
卓にいは母が保育所を断られた話を聞いて、
『じゃあ、僕が良い方法を考えます』って
当時、商店街のアーケードで骨董品屋を開いてた自分のお婆ちゃんに子守りを頼んだらしい。
その頃の事情、僕はぜんっぜん覚えてないんだけど。
卓にいの事は、子供の頃は単に父か母の若い友達だと思ってた。
ところが、僕が小学校の頃、引っ越して来たヤツが、
『お前の姉ちゃん、変質者に誘拐された事があるだろ』
なんて言い出して。
そこから、卓にいとの不明瞭だった関係の全貌が明らかに…… 」
「事件を知ってる子が変な事言い出したってこと?……いじめられたの?」
だとしたら、あんまりだ。
「いや、その頃はもう家族全員、そーとー強くなってたし、卓にいが……
『変質者?俺か?俺のことか?二丁目商店街を甘く見るなよ。シメるぞコラ』
って小学生相手に(笑)にらみをきかせてたから、そこからは全然。
イジメとか、聞こえるように陰口とか、ハブりとか全く無く過ごした」
話終わった篠原くんは何故だかすごくすっきりしていた。
話して少し、楽になったのかもしれない。
夕方の通学路。
低くて長い長いブロック塀があり、
その上に続いてるフェンスの向こうに、
強い緑のポプラ並木がある。
小学校の校庭には、数人の生徒がいた。
放課後らしい解放感で、大声出して遊んでいる。
のどかな雰囲気だが、それだけに間が持たない。
空気がちょっと重い。
ユリちゃんが居ても重い。
ユリちゃんも重い。
ここは口火を切るべきであろう。
……うむ。
「なにか、秘密な事があるの?
さっきの会話だと」
言ってみた。
「秘密ってほどの事じゃないけど」
篠原君は力無く笑って、
「僕には、五歳年上の姉が居るんだけど。
僕が生まれたばかりの頃、
二日ばかり誘拐されていたことがあるんだ」
「……誘拐?」
「って言っても、本人は意気揚々として帰ってきたらしいんだけど。ちょっとした冒険気分で」
「犯人とか 、わかったの?」
篠原君は首を横に振る。
「若い男の人で、家には女の人もいた、ってことしか。姉も子供だったから。
僕は話に聞いただけなんけど」
「良かったね、無事に帰って来れて」
……それがどうしてあの会話になるのだろう。
『言いふらしたりしない』
「ところが、それで終わらなかったらしくて」
篠原君はズボン両側のポケットに手を入れた。
ちょっとだけうつむく。
「相手が男の人だったから、
『何かされたんじゃないか』
って言われるようになったって」
「え?」
「姉は普段通りに、元気で帰って来たのにね。
見ればデマだって解るのに、そういう事になってきちゃったんだ」
「……ひどい」
「……うん」
「なんでそんな事……」
だって、五歳でしょ。
元気で帰って来たんでしょ。
「うわさの出処は父の親友のおかあさんだってことがわかって。
後で考えてみると父の方が早く出世した事や、待望の男の子が生まれた事が妬ましかったんじゃないかって」
「……うう。人間ちいさい……」
「……そんなもんだろ」
腕の温度が下がる気がした。
何かを感じとってかユリちゃんがグズる。
「……うう~う!」
「ごめん、ごめん。ちょっと暗くなっちゃった。
やっぱり赤ちゃんて敏感に感じとるよな」
篠原君はそう言ってユリちゃんの頭をなでた。
それにしても腹の立つ話だ。
「もちろん、『そんな事はありません』って言ったんだよね?」
つい、余計なこと聞いてしまう。
「それがさ、」
篠原君は眼を伏せた。
「言う機会が無かったらしいよ。
その後ショックをうけた父が、母に何も言わないで会社を辞めてしまったから。
そのまま行方をくらませてしまったんだ」
「……うわ」
篠原君は笑って、
「しばらくのことで父も戻って来て、今は家族そろって平和に暮らしているけどね。
思い返せば笑い話って、母は言うんだけど。
社宅だったから家を出なきゃならなかった。
……お爺ちゃん……、父の父が、
『ふがいない息子ですまん』って、住む所だけは用意してくれたらしいんだ。
でも、お爺ちゃんも当時は入院中で。
父も居ないし、母ひとりで子供二人抱えて仕事を探す事になったんだけど。
新しく住んだ周辺は保育所とか少なくて、どこもいっぱいで断られたって」
……篠原君の家庭が、そんな波乱万丈なエピソードをくぐり抜けてきたなんて。
聞いておいて思うのもなんだけど、聞いてよかったんだろうか……。
篠原君は続ける。
「母が疲れ果てて公園で途方にくれていたら、中学生くらいの男の子が、
『どうしたんですか』って声かけてきたんだって」
ああ、そうだった。
「その子が、タクニイさん?」
「うん、そう。
卓にいは母が保育所を断られた話を聞いて、
『じゃあ、僕が良い方法を考えます』って
当時、商店街のアーケードで骨董品屋を開いてた自分のお婆ちゃんに子守りを頼んだらしい。
その頃の事情、僕はぜんっぜん覚えてないんだけど。
卓にいの事は、子供の頃は単に父か母の若い友達だと思ってた。
ところが、僕が小学校の頃、引っ越して来たヤツが、
『お前の姉ちゃん、変質者に誘拐された事があるだろ』
なんて言い出して。
そこから、卓にいとの不明瞭だった関係の全貌が明らかに…… 」
「事件を知ってる子が変な事言い出したってこと?……いじめられたの?」
だとしたら、あんまりだ。
「いや、その頃はもう家族全員、そーとー強くなってたし、卓にいが……
『変質者?俺か?俺のことか?二丁目商店街を甘く見るなよ。シメるぞコラ』
って小学生相手に(笑)にらみをきかせてたから、そこからは全然。
イジメとか、聞こえるように陰口とか、ハブりとか全く無く過ごした」
話終わった篠原くんは何故だかすごくすっきりしていた。
話して少し、楽になったのかもしれない。