『スーパームーン』 あの約束、まだ覚えてますか?

 第2話 二枚の写真

 厨房の裏に階段があって、その奥に洗面とバスルームがある。

 二階が住居になっていて、階段を上がると、踊り場を挟んで、一部屋は俺の寝室兼書斎。

 もう一部屋は、殆ど使って無い。フローリングの床にベッド、小さなテーブルに椅子。テーブルの上にスタンドがある位で、他は何も無い。

 窓は大きく取ってあり、海が一望出来る。

 俺は瞳をこの部屋に案内した。

「あんまり掃除してないけど、自由に使って。っても、何も無いか」

 瞳はバックを床に置くと、俺の顔を見ながら
「何か可愛い部屋ですね。良い感じです」と微笑む。

「野宿するよりはましだろ?」

「はい。ベッドで寝るの久しぶりなんで、凄い嬉しいです」

「えっ、まさか野宿ばっかりしてるの?」

「だって、あんまりお金無いから・・・」と恥ずかしそうに言った。

「そっか、人探しだから、いつまでかかるかわかんないもんな。節約しないとね。でも女の子だから、野宿はあまり感心しないな」

「はい。気をつけます」と言って瞳は可愛く敬礼した。


 俺は新しいシーツをマットに敷いてる間に、瞳にクローゼットから布団と枕を出すように頼んだ。

 布団をセットし終わった時、瞳のお腹が
「グーュー」となる。

「あっ! 」と、瞳は耳まで赤くなり、お腹に手をあてて

「ごめんなさい」と、謝る。

「瞳ちゃん、何か食べようか? 実は俺もまだ食べてないんだ」


雨は益々激しく、窓ガラスは滝のような流れを作っていた。


 再び下に降りて
「カレーで良いかな?」と、聞くと
「はい! カレーも大好きです」と、瞳は嬉しそうに答えた。

 俺は厨房に入って作り置きのカレー鍋を火にかけると、レコードの置いてある棚に行って、1枚のアルバムを選んだ。


『Voices In The Rain』 ージョー・サンプルー


 雨音が美しいピアノの音に代わる。

 瞳は興味深そうにジャケットを見ながら

「おじさん、この曲も良い感じですね。優しい気持ちになれます」

「うん、雨の日に似合うだろ。はい、カレーお待たせ」

「うわ〜美味しそう♪ いただきます」

 瞳はスプーンを手に取ると、勢いよく食べ始めた。
(なんかニコニコして食べるんだな♪)

 俺は幸せそうな瞳の顔を見ながら一緒にカレーを食べた。

 瞳は一気に食べ終わると

「おじさん、カレーとっても美味しかったです。ご馳走様でした」と、言ってくれた。

「珈琲も飲むかい?」と聞いたら

「はい、飲みたいです♪」って言うので、さっきとは違う豆で煎れてあげた。今度は瞳は泣かなかった。

「この珈琲もすっきりしてて、美味しかったです」

「うん、ありがと。俺、後片付けするから、瞳ちゃんは、もうおやすみ。疲れたでしょ?」

「あっ、私も何か手伝います」

「いや大丈夫だよ。これは俺の仕事だから」と言うと、瞳は素直に
「じゃあ、おじさん、おやすみなさい。今日は本当にありがとうございました」と言って、またまたペコリと頭を下げる。

「ああ、おやすみ♪」と言うと、瞳は二階に上がって行った。


 俺は洗い物を片ずけると、自分の部屋に戻り、書斎の椅子に腰を下ろす。

 雨は少し弱くなったのか、音が小さくなっていた。

 俺は煙草に火を付け、デスクの上にある写真立を見つめながら、不思議な感慨に浸っていた。

 写真を手に取って、いつものように話かける。

 そこには海岸でお互いの腰に手を回して微笑んでいる、若い頃の俺と彼女がいた。初めて2人で旅行した、幸せだったあの頃の。


(しかし君は、いつまでも若いよな。当たり前か? ははっ、哀しいけど俺はもうじいさんになってしまったよ。シワが増えて、髪も真っ白だ。そうだ、今日は不思議な女の子に出会ったよ。人探しをしてるんだって。雨が凄く降ってて、野宿する、なんて言うから泊めてあげる事にしたよ。良いよね? 焼きもちは妬くなよ。人助けなんだから。ああ多分君と同じような年だ。うん、素直で良い子だよ。綺麗な顔してるし、足が長いんだ。それに、すぐに泣いたり、笑ったりする所が君に良く似てる。違うって。俺はずーと君ひと筋だって。もう40年以上言ってきたんだから、良い加減信じてくれ。それに、あの時約束したろ。50年契約。何があっても俺は約束は絶対守るから・・・)


「君は守らなかったけど・・・」



 瞳は大きなバッグから手帳を取り出し、中に挟んであった、2枚の写真を見ていた。

 1枚には瞳と上品そうな年配の女性が仲良さそうに写っている。

 瞳は写真を見つめながら
(おばあちゃん、聞いて! 瞳、やっと見つけたよ。健ちゃんだよ。多分間違いないよ。健ちゃんは、おばあちゃんが言ってた通り、優しくて、カッコよくて、とっても良い人だったよ。瞳、泣いちゃたよ。あんまり優しいから我慢出来なかったよ。うん、大丈夫だから、あの健ちゃんなら、きっと分かってくれるよ。瞳、絶対健ちゃんをおばあちゃんの所に連れて行くから、だから、だからもう少し頑張って、待っててね)

 瞳は泣き出していた。涙が止まらなくなっている。感情が複雑に入り混じって、自分でコントロール出来ない。

 ひとしきり泣いて、瞳は窓に視線を移す。

 ようやく雨は上がって、雲が別れ、再び満月が窓いっぱいに夜空に輝いていた。
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