流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 約束通りタンテラス隊長自らが待っていて、通用門を通してくれた。

 まわりの門番達に聞かれないように小声で話す。

「ご無事で何よりです」

「ありがとうございました。また明日も参ります」

「明日もでございますか」

 驚く隊長にキューリフが代わりに事情を説明した。

「それはひどい状況ですな」

 腕組みをしてうなりながらタンテラスが考え込む。

「よろしい。分かりました。おい、キューリフ」

「はっ、隊長殿」

「明日は十人組を率いてお手伝いをするのだ。よいな」

「はっ、かしこまりました」

 エミリアは隊長に頭を下げた。

「ありがとうございます。でも、よろしいのですか」

「本当はもっと人手を差し向けたいのですが、最近、兵士の動員がかけられておりまして、申し訳ありませんがこれが精一杯です」

「お心遣いありがとうございます」

 自身の立場もあるだろうに、隊長の気持ちがうれしかった。

 エミリアはマーシャの案内で宮殿内に戻った。

 女官部屋に用意された湯桶を持って、出た時と同様に大勢の女官達に紛れながら自分の部屋に向かう。

 部屋の前でマーシャがわざとらしく声を上げた。

「姫様、湯浴みの用意ができました」

「なんだ、昼も入ったばかりで何回湯を使うんだ。よっぽどくせえのか。お姫様のくせによ」

 あきれかえる警備兵の前を堂々と通り抜けてエミリアは自室に入った。

 マーシャが派手な音を立てながらドアを閉めた。

「はしたないですわよ、マーシャ」

「でも、姫様、あんまりですもの」

 笑い合う二人のとなりで、身代わりだった女官がほっと胸をなで下ろしている。

「いつばれるかと胸が破裂しそうでございました」

「すみませんでしたね。でも、明日もお願いしますね」

 泣きそうな顔をしている女官をねぎらいながらエミリアとマーシャは泥だらけの服を脱いだ。

「マーシャも一緒に体を拭いていきなさい」

「いいえ、おそれおおいことでございます。そのようなことはできません」

「違います。よくお聞きなさい。遺体や泥を触った後は、しっかりときれいにしなければならないのです。わたくしがナポレモの城で病に伏せっておりました時に、執事が体だけは清潔にするようにと女官達に指示を出してくれていたのです。彼には東洋医学の知識があり、病には気というものが関係していて、良くないものを払い落とすことが疫病に打ち勝つ秘訣だと教えてくれました。そこに身分など関係はありません。一緒に体を拭いていきなさい。服もしっかりと洗濯するのです。いいですね」

 エミリアの確信に満ちた強い言葉に、遠慮していたマーシャも素直に従った。

「かしこまりました。では、ご一緒させていただきます」

 小さな桶ではあったが、湯を注ぎ入れ、足についた泥を落とし、体全体を洗い流す。

 マーシャと交代して、女官の助けを借りずに自分で体を拭く。

 一日の仕事の疲れや体の痛みが軽くなったような気がする。

 外で見た光景は地獄そのものだったが、立ち向かう気力が戻ってくるのをエミリアは感じていた。

 湯浴みを終えたマーシャの体を拭いてやる。

「姫様、もったいのうございます」

「いいのです。また明日もお願いしなければならないのですからね」

 寝間着に着替えて女官達が辞去した後、エミリアはベッドに倒れ込んだ。

 その瞬間、意識が遠のいていった。

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