流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
◇ 施薬院の聖女 ◇
翌朝、エミリアとマーシャは再び北西塔を抜け出し、タンテラスの手引きでキューリフの兵士達と合流した。
教会へ向かう途中の道に、また死体が転がっていた。
兵士達が用意してきた布にくるんで教会まで運ぶ。
穴掘りを兵士達に任せて、エミリアとマーシャは教会内部の清掃に取りかかった。
布に寝かせられる遺体から外へ運び出して埋葬し、崩れた遺体はなるべく形を整えてから運び出してやった。
最初は涙が止まらなかったが、次第に落ち着いて作業できるようになっていった。
極限状態の強すぎる刺激がかえって心を麻痺させていくのか、目の前の悲惨な現実に慣れるまでは意外と早かった。
兵士達が外で湯を沸かし、それでこまめに手を洗うようにした。
昨日に比べれば埋葬できた人数は多かったが、それでも街中に放置された遺体が減るわけではなかった。
まったく作業が追いつく感じがしないまま、疲れ果てた体を引きずって皆は宮殿へ戻った。
それから一ヶ月近く、同様の作業を繰り返してなんとか教会周辺だけでも遺体の散乱を解消することができた。
しかし、疫病の勢いは衰えるどころか拡大する一方であった。
貴族の中にも感染する者が出たとの噂が耳に入るようになり、貴族達が邸宅に引きこもってしまうようになると、舞踏会や鷹狩りなどの宮廷行事はすべて中止された。
宮廷医たちは右往左往するばかりでなんの役にも立たない。
エミリアは街へ出て活動を続けていたが、タンテラス隊長が差し向けてくれる人員以外に援助は得られなかった。
街の人々ですら、死体置き場となっていた教会を穢れた場所とみなして忌避するありさまで、誰も埋葬を手伝おうともしない。
泥や血にまみれて作業をしているうちに、エミリアたちの姿はどんどんみすぼらしくなっていき、しまいには浮浪者に舌打ちをされるまでになっていた。
顔に残った青痣を指差してあざ笑う者もいた。
しかしそんなことを気にしている場合ではなかった。
やらなければならないことは増えこそすれ減ることはなかったのだ。
秋が深まっていく頃、いつものように教会へ着いたエミリアは、扉の前に捨てられた遺体を見つけた。
体中に発疹の出た老婆であった。
兵士を呼んで布にのせて中へ運び込もうとした時、老婆がうめいた。
まだ死んではいない。
生きている。