流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 ジュリエがため息をつく。

「姫様は彼がこの施薬院に反対したことも納得しておられないようですわね」

 エミリアは静かにうなずいた。

「キューリフはエリッヒのお側御用を勤めた青年だってことはご存知でしたか」

「どういうことですか」

「エリッヒがフラウムとは別のお城で養育されたことは以前お話ししましたけども、その時に御学友として一緒に養育されたのがキューリフ殿ですよ。彼もね、わたくしの教え子ですの」

 一番信頼のおける部下とタンテラス隊長が言っていたのは、そういう意味だったのか。

 彼自身今まで何も言わなかったことが、まさにその評価を裏付けていた。

 真相を聞かされて動揺するエミリアの表情を眺めながらジュリエが続けた。

「それに、この施薬院の土地を提供したのはエリッヒですよ」

「皇室の財産だと聞かされていましたが」

「エリッヒも皇族ですからね。彼個人の相続財産なのよ。それに、食料や薪なんかの資材供給もエリッヒの指示でおこなわれたものですわ」

「名前を伏せておくことで私に受け取らせようとしたというのでしょうか。やり方が姑息で卑怯ですわ」

「皇室や役人を動かすには時間がかかります。官僚組織は魔物ですからね。ですから、エリッヒが個人的に動いたのよ。王女様の行動に賛同して協力したいという気持ちを悪く言わないでくださいな」

「尽力には感謝しますけれども、それならば直接そう言えばいいではありませんか。自分で言えないからと子守のあなたに言わせるなんて、大人のすることではありませんでしょうに」

「彼はここには来られないのよ」

「わたくしと話したくないというのなら、援助もいりません」

 ジュリエは首を振った。

「彼はね、今、戦場にいるの」

 エミリアは息をのんだ。

 戦場?

 小麦畑に囲まれたナポレモの城が思い浮かぶ。

「そう、ナポレモ征討軍の将軍はエリッヒ」

 ジュリエは淡々と事実を告げた。

 エミリアは何も言うことができなかった。

 ナポレモの城で過ごした幼少期、シュライファーに受けた教育、病気、そして家族との別れ。

 様々な記憶と想いが交錯し、口に出そうとするあらゆる言葉を封じ込めていく。

 街も人も変わった。

 自分も変わってしまった。

 以前はまわりの者がするとおりにさせておくだけの受け身の生活だったのが、今では聖女と崇められ、なんでも自分から指示を出して積極的に行動するようになった。

 それは決して自分が望んだことではなかった。

 まわりの変化に合わせて自分から変えていった結果がそうなっただけだった。

 旅を通じてそういったきっかけをあたえ自立させてくれたのはエリッヒだろう。

 それには感謝している。

 だが、自分がエリッヒに求めたかったのはそういうことではない。

 もっと単純なことだ。

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