流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
沈黙に穴を開けるようにジュリエがつぶやいた。
「姫様はまだエリッヒのことが分かっていらっしゃらないのですよ」
「分かっています。ですが、これ以上分かりたくもありません」
「彼の方が正直ですわよ。姫様が分かっていらっしゃらないだけ」
「どういうことですの?」
「そういう質問をなさること自体、ご自分の気持ち、エリッヒの気持ちから目を背けている証拠ではありませんか」
「わたくしは目を背けてなどおりません。そもそもエリッヒですよ、わたくしのことを『裏表のないつまらない女』と呼んだのは。そうやって人を馬鹿にする彼の方が子供ではありませんか」
エミリアは拳を握りしめていた。
「たしかに、エリッヒは子供なの」
ジュリエは諭すように話を続けた。
「あの子は、最初の戦争の時から死を見つめてばかりいるのよ。逃げずに直視したところで戦場での恐怖がなくなるわけじゃない。死ぬことを恐れなくなるわけでもない。だけど、その深く暗い穴をのぞき込まずにはいられなくなっているの。それがなぜだか、姫様には分かりますか」
「分かりませんし、理解できるとも思えません」
「理解したいとはもう思わないのですか」
エミリアはうつむきながら答えた。
「もう、いいのです」
「本当によろしいのですか。戦争がそんなに安全なお遊びだとお思いなんですか」
「そんなふうには思っていません。でも、それと彼のことは関係がありませんから」
ジュリエは天を仰いで目の縁に手を当てた。
それからゆっくりと立ち上がってエミリアの肩に手を置いた。
「一度大切なものを失った男は臆病になる。でも、それは男の弱さではないの。まあ、清らかなあなたには分からないでしょうけどもね。お二人の不幸は、お互いに子供だったことでしょう。子供同士のくだらないケンカに大人が口を出すものではありませんわね」
エミリアも立ち上がった。
「挑発しようとしても無駄ですわ」
「挑発ではありません」とジュリエはエミリアを正面から見据えた。「馬鹿にしているんですわ。心の底からね。聖女気取りの愚かな小娘だと」
罵倒されて頭に血が上る。
しかし、エミリアは平静を装ってこらえていた。
確かにそうなのだろう。
ジュリエの無礼な言葉は不思議と心に染みこんでいく。
自分は何も知らない。
何も分かっていない。
政治も、戦争も、世の中のことも、そして男も。
聖女気取りの愚かな小娘。
まったくその通りだった。
愛し方を知らないのは自分も同じだ。
「ではわたくしはキューリフに会って昔話でもしてまいります」
ジュリエはエミリアの顔を見もせずに部屋を出ていった。
残された王女は何も言えずただ立ちつくすばかりだった。
「姫様はまだエリッヒのことが分かっていらっしゃらないのですよ」
「分かっています。ですが、これ以上分かりたくもありません」
「彼の方が正直ですわよ。姫様が分かっていらっしゃらないだけ」
「どういうことですの?」
「そういう質問をなさること自体、ご自分の気持ち、エリッヒの気持ちから目を背けている証拠ではありませんか」
「わたくしは目を背けてなどおりません。そもそもエリッヒですよ、わたくしのことを『裏表のないつまらない女』と呼んだのは。そうやって人を馬鹿にする彼の方が子供ではありませんか」
エミリアは拳を握りしめていた。
「たしかに、エリッヒは子供なの」
ジュリエは諭すように話を続けた。
「あの子は、最初の戦争の時から死を見つめてばかりいるのよ。逃げずに直視したところで戦場での恐怖がなくなるわけじゃない。死ぬことを恐れなくなるわけでもない。だけど、その深く暗い穴をのぞき込まずにはいられなくなっているの。それがなぜだか、姫様には分かりますか」
「分かりませんし、理解できるとも思えません」
「理解したいとはもう思わないのですか」
エミリアはうつむきながら答えた。
「もう、いいのです」
「本当によろしいのですか。戦争がそんなに安全なお遊びだとお思いなんですか」
「そんなふうには思っていません。でも、それと彼のことは関係がありませんから」
ジュリエは天を仰いで目の縁に手を当てた。
それからゆっくりと立ち上がってエミリアの肩に手を置いた。
「一度大切なものを失った男は臆病になる。でも、それは男の弱さではないの。まあ、清らかなあなたには分からないでしょうけどもね。お二人の不幸は、お互いに子供だったことでしょう。子供同士のくだらないケンカに大人が口を出すものではありませんわね」
エミリアも立ち上がった。
「挑発しようとしても無駄ですわ」
「挑発ではありません」とジュリエはエミリアを正面から見据えた。「馬鹿にしているんですわ。心の底からね。聖女気取りの愚かな小娘だと」
罵倒されて頭に血が上る。
しかし、エミリアは平静を装ってこらえていた。
確かにそうなのだろう。
ジュリエの無礼な言葉は不思議と心に染みこんでいく。
自分は何も知らない。
何も分かっていない。
政治も、戦争も、世の中のことも、そして男も。
聖女気取りの愚かな小娘。
まったくその通りだった。
愛し方を知らないのは自分も同じだ。
「ではわたくしはキューリフに会って昔話でもしてまいります」
ジュリエはエミリアの顔を見もせずに部屋を出ていった。
残された王女は何も言えずただ立ちつくすばかりだった。