流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
無礼な言葉を浴びせたわりに、その日からジュリエは施薬院に滞在して仕事を手伝うようになった。
人手が足りない事情もあって、エミリアはおとなしくその申し出を受け入れていた。
個人的な感情と奉仕活動を一緒にしてはいけないと無理に自分に言い聞かせていた。
その分、エミリアは考え込むことが多くなっていた。
「聖女様もお疲れでございますか」
病人達に心配されてしまうようでは役割を果たせているとは言えない。
努めて笑顔を装えば装うほど気持ちは沈んでいく。
まわりの者が言うように自分は疲れているのかもしれない。
エミリアは夜中に変な夢を見ることが多くなっていた。
ある晩、夢の中で彼女は一人で海辺に立っていた。
自分が知っている海といえば、あの時に見た海だけだ。
旅の途中、エリッヒと二人で見たあのどこまでも青く澄んだ海だ。
あの時、自分はどんな気持ちだったのか。
狭い世界に満足していた自分と、海の向こうを知る男。
未知の世界への想いを語る男に惹かれていたあの時の気持ち。
あれを何というのか、自分はまだ知らなかったのだ。
それに名前をつけてくれたのは彼ではなかったのか。
夢の中に現れた懐かしい風景。
寄せては返す波の音を聞ききながら二人で寄り添っていたあの海辺。
ただ、夢の中では、そこにいるのは自分一人きりだった。
海の向こうに小さな点のような影が消えていく。
打ち寄せる波に踏み込んで追いかけようとしても押し戻されてしまう。
行かないで。
どこに行くの?
わたくしの知らないどこへ行こうというの?
なぜ、そこにわたくしは……。
エミリアは自分の叫び声で目が覚めた。
自室の暗闇の中で男の顔が思い浮かぶ。
会いたい。
エリッヒに会いたい。
涙があふれて、まぶたに浮かぶ男の顔が揺らいでいく。
会いたいと思ったその気持ち、それこそが愛の証なら、自分の気持ちに嘘をつくことはない。
彼が言っていた通り、自分は裏表のないつまらない女なのだから。
帰ろう。
故郷ナポレモへ。
エミリアは寝台から立ち上がると、手探りで部屋の扉を開けた。
「姫様、どうかなさいましたか」
宿直をしていたマーシャが駆け寄ってくる。
「わたくしはナポレモへ帰ります」
「あの……」
思っても見なかった言葉に幼い女官が困惑している。
「帰るのです、ナポレモへ」
「でも、姫様……」
マーシャは言うべき言葉を探しあぐねてうつむいてしまった。
エミリアは彼女の肩をつかみ、揺すぶりながら気持ちを吐きだした。
「帰りたいの、マーシャ。わたくし、ナポレモに帰りたいの」
「姫様……」
マーシャも泣き始めた。
人手が足りない事情もあって、エミリアはおとなしくその申し出を受け入れていた。
個人的な感情と奉仕活動を一緒にしてはいけないと無理に自分に言い聞かせていた。
その分、エミリアは考え込むことが多くなっていた。
「聖女様もお疲れでございますか」
病人達に心配されてしまうようでは役割を果たせているとは言えない。
努めて笑顔を装えば装うほど気持ちは沈んでいく。
まわりの者が言うように自分は疲れているのかもしれない。
エミリアは夜中に変な夢を見ることが多くなっていた。
ある晩、夢の中で彼女は一人で海辺に立っていた。
自分が知っている海といえば、あの時に見た海だけだ。
旅の途中、エリッヒと二人で見たあのどこまでも青く澄んだ海だ。
あの時、自分はどんな気持ちだったのか。
狭い世界に満足していた自分と、海の向こうを知る男。
未知の世界への想いを語る男に惹かれていたあの時の気持ち。
あれを何というのか、自分はまだ知らなかったのだ。
それに名前をつけてくれたのは彼ではなかったのか。
夢の中に現れた懐かしい風景。
寄せては返す波の音を聞ききながら二人で寄り添っていたあの海辺。
ただ、夢の中では、そこにいるのは自分一人きりだった。
海の向こうに小さな点のような影が消えていく。
打ち寄せる波に踏み込んで追いかけようとしても押し戻されてしまう。
行かないで。
どこに行くの?
わたくしの知らないどこへ行こうというの?
なぜ、そこにわたくしは……。
エミリアは自分の叫び声で目が覚めた。
自室の暗闇の中で男の顔が思い浮かぶ。
会いたい。
エリッヒに会いたい。
涙があふれて、まぶたに浮かぶ男の顔が揺らいでいく。
会いたいと思ったその気持ち、それこそが愛の証なら、自分の気持ちに嘘をつくことはない。
彼が言っていた通り、自分は裏表のないつまらない女なのだから。
帰ろう。
故郷ナポレモへ。
エミリアは寝台から立ち上がると、手探りで部屋の扉を開けた。
「姫様、どうかなさいましたか」
宿直をしていたマーシャが駆け寄ってくる。
「わたくしはナポレモへ帰ります」
「あの……」
思っても見なかった言葉に幼い女官が困惑している。
「帰るのです、ナポレモへ」
「でも、姫様……」
マーシャは言うべき言葉を探しあぐねてうつむいてしまった。
エミリアは彼女の肩をつかみ、揺すぶりながら気持ちを吐きだした。
「帰りたいの、マーシャ。わたくし、ナポレモに帰りたいの」
「姫様……」
マーシャも泣き始めた。