流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 食事の後、自分たちの服に着替えてから、二人は親方に礼を言って工房を出発した。

 親方がパンを持たせてくれた。

「海に行くならこっちだな。夕方までには着くだろう」

「お世話になりました」

 少女は見送りに出てこなかった。

 海へと向かう道を二人並んで歩く。

 少しだけ膝が痛むが、馬を失っていたのでここからは自分の脚で歩くしかなかった。

 かたわらでエリッヒがつぶやく。

「女泣かせの男前だとさ。妬けるねえ」

「おじさんの嫉妬は醜いですわよ」

「おじさんって、どういうことだよ」

 エミリアは答えずに笑った。

 村はずれまで来てふりむくと、工房の前に少女が立っていた。

 小さな人影は動かない。

「本当にあんたに惚れていたんだな。別れを言いたくなかったんだろう」

 気持ちは分かる。

 自分にも別れたくない人がいる。

 エリッヒがつぶやいた。

「あの子の名前を聞いたか?」

「いいえ」

「あんたと同じ名前だとさ」

 痣だらけの王女は少女の名を叫んだ。

「エミリア、元気でね!」

 少女が手を振っている。

 エミリアも両手を挙げて跳びはねながら大きく手を振った。

 男装王女の頬には涙が輝いていた。

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