流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
第三章 青痣の聖女
◇ 帝都フラウム ◇
翌朝、海辺の街を出た。
川をさかのぼるように半日ほど歩いたところで旅に終わりが訪れた。
目的地フラウムに到着したのだ。
カーザール帝国の首都フラウムはミレイユ川に挟まれた中州に広がる城塞都市だ。
交通の要衝として古代ローマ帝国の時代に築かれた徴税砦から発展した街である。
長い興亡の歴史を経て、中州全体が城塞化され、何度か統治者が入れ替わってきた。
現皇帝バイスラント三世が即位してからは城塞としての堅固さよりも政務庁舎としての役割が求められるようになり、フラウム城は壮麗な宮殿として改修されてきた。
バイスラント三世の治世はすでに半世紀にもおよび、宮殿の華麗さも、街の繁栄も、まれにみる長期の平和がもたらしたものであった。
中州へ通じる橋は右岸に三本、左岸に二本かかっている。
外城郭の門は昼夜を問わず常に開けられていて、関所や徴税所すらなく、誰でも自由に通行できるのだった。
穏やかに流れるミレイユ川に架かる橋を渡ると、爽やかな風が吹き抜けていく。
橋は幅広いが、ひっきりなしにやってくる荷馬車の商人達で大混雑であった。
「これがフラウムですか。素晴らしい都会ですこと。ナポレモなど田舎町ですわね」
エミリアはようやく到着したフラウムの街に圧倒されていた。
「ついてこい。迷子になるなよ」
エリッヒは街の様子に詳しいのか、迷うことなく市街地に入っていく。
市場には野菜や肉、果物が山積みにされ、異国の言葉が飛び交っている。
街角で遊ぶ子供達はみな肌つやのいい笑顔を振りまいている。
通りにゴミはなく、物乞いをする浮浪者もいない。
どの家の窓にも鉢植えが飾られ、花が咲き乱れている。
広場に面した大聖堂の屋根は黄金に輝いていた。
「まあ、なんと見事な大聖堂でしょう。まさにこの世の天国ですわね」
エミリアは初めて見る大都会に、改めて自分が知っていた世界の狭さを思い知らされた。
シュライファーの講義で聞いた東方の文明もこれに劣らぬ偉大なものなのだろうか。
学問への憧れを口にした執事の気持ちが少しは理解できるような気がした。
自分は彼をナポレモのような小さな世界に閉じ込めていたのかもしれない。
それは自分が城館という狭い世界に閉じ込められて何も知らずにいたのと同じようなことだったのではないだろうか。
ならば、自分は彼にとってどういう存在だったのだろうか。
頼り、心を寄せていた男は、自分ではなく広い世界を見ていたのかと思うと、エミリアは寂しさを感じずにはいられなかった。