流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
「そのうち、あんたも呼ばれるだろうよ」

「わたくしは、舞踏は……」

 会話も舞踏も苦手では、気が重いだけだ。

 まだ体中の傷も癒えていない。

 黙り込んでいるエミリアにエリッヒが声をかけた。

「どうした?」

「あまりにもなにもかもが大きすぎて、疲れました」

 ふふっとエリッヒが笑う。

「とりあえず、中で休むといい。長旅だったからな」

 そう言うとエリッヒは鉄柵の向こうの門番に声をかけた。

「隊長を呼べ。騎兵士官のエリッヒが来たと言えば分かる」

 番兵は二人の様子を上から下まで眺めると、鼻で笑って追い払おうとした。

「おまえが騎兵士官だと。馬もおらんくせに」

「事情があって置いてきた。隊長のタンテラス殿に取り次いでくれ」

「ここは偉大なる皇帝陛下の宮殿だ。おまえらのような薄汚い田舎者の来るところではない。出直してこい」

 エリッヒは番兵の鼻先を指さしてもう一度告げた。

「私はエリッヒ・アム・ホッカム・クント・バイスラントだ。もう一度言う。隊長のタンテラス殿を呼べ」

「魔法の呪文のつもりか。『開けゴマ』にでもしておきな」

「しょうがない。これで頼む」

 エリッヒは胸の小袋から幸運の金貨を取り出して番兵に握らせた。

 番兵はそわそわしながら金貨をしまいこんだ。

「聞きにいってやるが、無駄だぞ。隊長はお忙しいのだからな」

「名前が長くてすまんな。エリッヒが来たと、一言伝えてくれ」

 はいよ、と番兵が奥に引っ込んでいく。

「金貨など、もったいない」

 エミリアがつぶやくと、エリッヒは白い歯をのぞかせながら笑った。

「なに、すぐ返ってくるさ。幸運の金貨だからな」

「どうせ隊長さんも呼んできてもらえないんでしょうに」

「まあ、見てなって」

 エリッヒが自信に満ちた態度で片目をつむって見せた。

 その言葉通り、年配の隊長があわてて駆けてくる。

「こ、これはエリッヒさ……ま」

 エリッヒがあごを上げて人差し指を立てる。

「あ、そうでしたな。とりあえず、お入りください、エリッヒ殿。こら、おまえたち、すぐに門を開けるのだ」

 叱られた門番達はすぐに正門脇の通用口を開けて二人を中に招き入れた。

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