早熟夫婦〜本日、極甘社長の妻となりました〜
「ブラックな会社では、俺みたいなやつは格好の餌食だから。このままじゃヤバいなと思って抜け出してきたけど、正解だった。こっちにいるほうが、自然に笑ってるときが断然多い」

「そっか……よかったです」

「それでもやっぱり、すごい疲れるときがあるんだよ。今みたいに」


安心したのもつかの間、冴木さんは足を組み、怠そうな調子で言った。

仕事中は気を張っているからよくても、そのあとのこういう会で皆に合わせて楽しく振る舞うのは、確かに辛いものがあるのかもしれない。

無理して笑わなくていいのに、彼の生い立ちがそうさせてしまっているのだと思うと気の毒だ。事情が違えど両親がいない辛さもよくわかるし、他人事と思えない。

私もテーブルに視線を落としていると、いくらかさっぱりとした声で「でも」と続けられる。


「キョウちゃんにはいい意味で気を遣わないでいられるみたいだ。愛想のいい自分を作るスイッチが完全にオフになってる。今まで、なかなかそういう相手に巡り会わなかったんだけど」


ぼんやりと夜空に目を向ける彼の口角は上がっていなくて、確かに今は〝作られた彼〟ではないのだろうとわかる。

どうして私が特別なのかは謎だが、素を見せてくれるって嬉しい。彼にとって居心地がいいのなら、ぜひ役立ててもらいたい。
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