早熟夫婦〜本日、極甘社長の妻となりました〜
彼女の心情に気づいていないであろう冴木さんは、気を許した笑みを浮かべる。


「本当に? じゃあ仲間じゃないですか。ここ、どうぞ」


私との間にオフィスチェアを持ってきて微笑む彼に、鬼頭さんはぺこりと頭を下げて歩き出した。

彼女がこちらに近づいてきて、やっと気づいた。いつもひとつにきっちり纏めているストレートの黒髪を、今日は下ろしていることに。

だいぶ雰囲気が違うし、やっぱり美人さんだ。つい花火よりも彼女に注目してしまった。

三人並んで座り、しばし静かに夏の風物詩を楽しむ。


「きれー……」

「綺麗だ」

「……綺麗ですね」


ぽつりぽつりと同じ感想を口にして、それぞれ物思いに耽っていた。

ビルにかかりそうな、美しいしだれ柳を眺めていたとき、鬼頭さんがふいに問いかけてくる。


「野々宮さんは、どういうお悩みが?」


花火から目を逸らさない彼女を一瞥し、私も夜空に視線を戻して答える。


「好きな人のためを思うと、私は一緒にいちゃいけないんじゃないかって悩んでます」

「なるほど……複雑そうですね」


淡々と相づちを打った鬼頭さんは、次に「冴木さんは?」と尋ねた。彼も苦笑混じりに打ち明ける。
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