早熟夫婦〜本日、極甘社長の妻となりました〜
『……うん。すごく、好きな人がいる』


震える声でそう告げられ、俺にはもう、その涙を拭ってやる資格はないのだと思い知らされた。

……泣くほど好きな男は冴木か? いや、誰だっていい。俺でなければ意味がない。

そういう男が現れたら、杏華はそいつに託すと決めた──はずだった。いざその状況になってみると、そんな気持ちは建て前でしかないことに気づく。

むしろ、わからせてやりたい。お前のことを一番理解していて、目一杯の愛と幸せを与えることができるのは誰なのかを。

俺は自分で思っていたより、相当勝手な男だったらしい。昔も今も、困らせるのをわかっていながら、彼女を愛することをやめられないのだから。


「……わかった。帰ったらちゃんと話をしよう、今後のこと」


湧き上がる熱情を抑え、努めて冷静に言い、通話を終えた。

話すのは離婚話などではない。これからも彼女を守り続けたいという、俺の強い意思だ。

未和子の気持ちが少しだけわかったよ。届かないかもしれなくても、悪あがきして、想いを伝えたいっていう気持ちが。恋愛ってのは身勝手なもんだよな。


これまでの迷いが吹っ切れ、どこか清々しささえ感じながら新幹線のホームへと歩き出す。

悪いな、キョウ。やっぱり俺は、お前にとっての〝いいお兄ちゃん〟にはなれそうにない。

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