早熟夫婦〜本日、極甘社長の妻となりました〜
尚くんはというと、私の前ではほとんど色恋の話はしなかったけれど、女の人とふたりで街を歩いているのを偶然見かけたことがある。

きっと彼女に違いない。当然いるよね、外見も中身もあんなに素敵な人なんだから。

それに、このとき彼は前社長が退任して、その座についた頃だった。完璧な若社長様を、世の女性が放っておくはずがない。

そう十分納得できるのに、認めたくない。矛盾したもやもやとしたものを抱えながらも、私はその理由にもまだ気づくことはなく、彼とはいつも通り仲良く、擬似兄妹の関係を続けていた。

ああ、私の青春はなにもないまま終わるのか……。と、諦めかけていた去年の高校三年の夏、〝いつも通り〟は突然終わりを告げることになる。


母が、亡くなったのだ。職場から帰宅する最中、交通事故に巻き込まれて。

尚くんが『たまたま仕事が早く終わったから』と、私たちが食べたいと言っていた有名パティシエのケーキを持ってうちに来たとき、ちょうど電話がかかってきたことまでは覚えている。

それから彼と一緒に病院に駆けつけ、もう息のない母と対面したのだが、あまり記憶がない。そのあとの葬儀のことも、ぼんやりとしか思い出せない。

ただ、まったく身寄りがなくなってしまった私のために、尚くんがすべてのサポートをしてくれたことは確かだ。
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