キミの声を聞かせて
そう思いながら過ごした後の放課後。
「日誌見つかったから今から書いて」
「え...」
満面の笑みで言う先生。
「あははっ。頑張って結衣。じゃあお先に〜」
佳奈は笑ってさっさと帰ってしまった。
「はぁ...分かりました」
私は日誌に授業のことや今日あったことを書いていく。
そしていつのまにか教室には私と先生だけになっていた。
「まさかわざと朝渡さなかったとかじゃないですよね?」
私の前の席に座って待つ先生に聞く。
「違うよ。たまたま」
本当だろうか...。疑いの目を向けながらもこうなってしまったら仕方ない。私は日誌に書くことを続けた。
「でも遠野と話したかったってのはある」
「え?」
先生が振り返り、私と目を合わせる。
「...俺の話をしてもいい?」
「...はい」
真面目な顔。外から聞こえる知らない人の声しか聞こえない教室で私は先生の言葉を待った。
「俺の父親が先生で、それに憧れて先生になったのは話したよね」
ライブで遅くなって迎えに来てもらった後の電話で話したことだ。
「はい」
「俺が小学生の時父さんと買い物をした。その時に当時の父さんの生徒さんに会ったんだ。生徒さんと楽しそうに話す父さんを見てこんな風に生徒と関われる先生になりたいと思った」
お父さんのことを話している先生の顔はとても優しかった。
「俺にとってずっと憧れの人だった。いつかいい先生になった姿を父さんに見せたいってずっと思ってきたんだ」
「今の先生のことはお父さんはなんて言ってるんですか?」
「なんて言ってくれるだろうね」
「え?」
「父さんは俺が中学二年生の時に死んだんだ」
「え...」
時折聞く淋しそうな声。その声で先生は話していた。
「信号無視して突っ込んできた車と衝突して即死だった。いつもみたいに帰ってくると思ってたのに、突然父さんと会えなくなった」
明日も会える。そう思っていても別れは突然訪れる。そのことは痛いほど身にしみていた。
「父さんが死んだってこと聞いて俺の生きる気力みたいなのがなくなっちゃったんだ。学校行く気にもなれなかった。俺は自分の部屋から出れなくなったんだ」
「...バスケ部やめたのも学校に行かなくなったからということですか?」
「そう。何もできなかった。ただ一人で部屋で泣いてた」
部屋の中で一人で泣く中学生の先生を想像する。その姿はとても淋しく、痛く、切ない姿だった。
「それでも何とか母親や友達の支えがあって部屋から出ることが出来た。そして再び夢を追いかけ今こうして先生になれたんだ」
先生にそんな悲しい過去があるなんて知らなかった。いつも陽気で楽しそうだった。人の大切な部分は目には見えないものだと改めて思った。
「そして自分のクラスを持つことになり、少しずつ父のようになれたかなって思い始めた時だった。自分のクラスの生徒の母親が亡くなったことを知った」
私の胸がどきっとした。
「真っ先に思い出したのは父を亡くして一人で塞ぎ込んでいた俺の姿。その子も部屋から出られなくなるのではないか。その時は俺が傍で話しかけよう。泣きそうになっていたら思いっきり泣くことができる場所を作ろう。そう思ってたんだ」
私は顔を上げられなかった。下を向いたまま先生の言葉を聞く。
「その子が学校を休んで5日後くらいに公園でその子を見つけた。一人でベンチに座っている彼女は悲しい顔をしていた。あぁ、やっぱり悲しみに囚われているんだ。その時は一人で居させる方が良いと思った。でも明日学校に来て悲しい顔をしていたら俺が支えよう。もし来なかったら家を訪ねよう。そう思ってその日は帰った」
あの日の公園で何の感情もなく見ていた地面を思い出す。
「そして次の日彼女は学校に来た。俺は驚いた。彼女は友達の輪の中で笑ってた。前と変わらない笑顔でいたんだ。なんで笑ってるんだろうと思った。悲しみは消えていないはずなのになんで涙を見せず笑ってるんだろと思った」
「先生...」
「涙を隠してると思った。本当は泣きたいのに笑ってるんだと思った。それならいつか泣きたくなった時俺が傍にいよう。彼女が我慢しなくて良いように見守ろうと思ったんだ。先生として...でも...」
先生は私の頬に触れる。
「いつの間にか人として、男として...君の傍にいたいと思ったんだ」
頬に触れる先生の手が温かい。ダメだ...溢れる...。
「これが俺が遠野を好きになった理由」
先生が頬から手を離す。そして黙って私を見つめる。
私の口から今まで誰にも話さなかった本当の思いが溢れた。
「...心配かけたくなかった...。お母さんを亡くしてもお父さんは笑顔を作ってた。そんなところを見たら私も笑わなきゃって思った。教室に入った時友達が心配そうな顔で私に話しかけてきた。私のせいで暗い雰囲気になるのが嫌で私は笑った...。泣きたくても...笑うしか...なかった...」
「泣きたい時は泣いて良いんだよ。俺の前では我慢しなくて良いんだよ」
泣き顔は見られたくない。心配されるのは嫌だ。そう思うのに私の目から溢れるものを止めることができなかった。
「ずっと一緒に居られると思った...。なのに急にいなくなって...心にぽっかり穴が空いたみたいになって...」
「うん」
「部屋でどれだけ泣いても心の淋しさが消えなかった...。ずっと淋しかった...」
「...うん」
先生が私の頭を撫でる。
「何回家に帰っても笑顔で迎えてくれるお母さんがいない...」
「辛かったな...」
「はい...」
「悲しかったな...」
「...はい」
「やっと人の前で泣いたな」
優しい声。温かい声。その声はすっと私の心に入る。私の心に温かみを与えてくれる。
「こんな姿誰にも見せないと思ってたのに...」
「涙を見せれる人が居るって良いことだと思わないか?」
一人で泣いていても淋しさは埋まらなかった。それなのに先生の前で泣いて、先生の声を聞いていたら心の淋しさが少し埋まった。悲しい気持ちの時誰かがいてくれることがこんなに嬉しいことだと知らなかった。
「はい...そうですね...」
「また泣きたくなったらいつでも来て良いから」
「...ありがとう。でもどうして今その話をしてくれたんですか?」
そう聞くと先生は立ち上がり窓の外を見ながら言った。
「俺の恋に区切りをつけたかった」
「区切り...」
「これから遠野は大学に入って、また色んな人と出逢う。遠野には自由に未来を選択して、誰かと恋して欲しい。もし俺の気持ちがその選択を狭めたり、他の人を見る機会を奪ってしまうことがあるのは嫌なんだ」
「先生...」
先生が私の方を向く。
「だから俺はもう遠野を好きだって言わない」
「え...」
「俺は遠野を好きになった理由を話せれば充分なんだ。今の話をした時点で俺の恋は終わっていい。これからはちゃんと先生として遠野の前にいるよ」
なんて言えば良いのだろう。先生はもう私への気持ちに区切りをつけている。そんな先生を引き止めることが出来るのだろうか。何より今私たちは先生と生徒という関係でいるのが一番いいということには変わらない。それなら先生と一緒に私も区切りをつけた方が良い。
「...分かりました。ありがとう、先生」
「...あぁ。日誌ももう終わりで良いよ」
「はい。じゃあ私帰りますね。それじゃあ」
「うん。また明日」
「はい。また明日」
走って教室から出る。そのまま走り続け、下駄箱のところまで来た。
私は先生が好きだ。私の全てを見てくれていた先生が好きだ。素直にこの気持ちを言っていれば今は変わったかもしれない。それでも先生と生徒でいようとする先生の気持ちを無下にしたくなかった。
「さよなら...先生...」
さよなら、私の恋心...。
「日誌見つかったから今から書いて」
「え...」
満面の笑みで言う先生。
「あははっ。頑張って結衣。じゃあお先に〜」
佳奈は笑ってさっさと帰ってしまった。
「はぁ...分かりました」
私は日誌に授業のことや今日あったことを書いていく。
そしていつのまにか教室には私と先生だけになっていた。
「まさかわざと朝渡さなかったとかじゃないですよね?」
私の前の席に座って待つ先生に聞く。
「違うよ。たまたま」
本当だろうか...。疑いの目を向けながらもこうなってしまったら仕方ない。私は日誌に書くことを続けた。
「でも遠野と話したかったってのはある」
「え?」
先生が振り返り、私と目を合わせる。
「...俺の話をしてもいい?」
「...はい」
真面目な顔。外から聞こえる知らない人の声しか聞こえない教室で私は先生の言葉を待った。
「俺の父親が先生で、それに憧れて先生になったのは話したよね」
ライブで遅くなって迎えに来てもらった後の電話で話したことだ。
「はい」
「俺が小学生の時父さんと買い物をした。その時に当時の父さんの生徒さんに会ったんだ。生徒さんと楽しそうに話す父さんを見てこんな風に生徒と関われる先生になりたいと思った」
お父さんのことを話している先生の顔はとても優しかった。
「俺にとってずっと憧れの人だった。いつかいい先生になった姿を父さんに見せたいってずっと思ってきたんだ」
「今の先生のことはお父さんはなんて言ってるんですか?」
「なんて言ってくれるだろうね」
「え?」
「父さんは俺が中学二年生の時に死んだんだ」
「え...」
時折聞く淋しそうな声。その声で先生は話していた。
「信号無視して突っ込んできた車と衝突して即死だった。いつもみたいに帰ってくると思ってたのに、突然父さんと会えなくなった」
明日も会える。そう思っていても別れは突然訪れる。そのことは痛いほど身にしみていた。
「父さんが死んだってこと聞いて俺の生きる気力みたいなのがなくなっちゃったんだ。学校行く気にもなれなかった。俺は自分の部屋から出れなくなったんだ」
「...バスケ部やめたのも学校に行かなくなったからということですか?」
「そう。何もできなかった。ただ一人で部屋で泣いてた」
部屋の中で一人で泣く中学生の先生を想像する。その姿はとても淋しく、痛く、切ない姿だった。
「それでも何とか母親や友達の支えがあって部屋から出ることが出来た。そして再び夢を追いかけ今こうして先生になれたんだ」
先生にそんな悲しい過去があるなんて知らなかった。いつも陽気で楽しそうだった。人の大切な部分は目には見えないものだと改めて思った。
「そして自分のクラスを持つことになり、少しずつ父のようになれたかなって思い始めた時だった。自分のクラスの生徒の母親が亡くなったことを知った」
私の胸がどきっとした。
「真っ先に思い出したのは父を亡くして一人で塞ぎ込んでいた俺の姿。その子も部屋から出られなくなるのではないか。その時は俺が傍で話しかけよう。泣きそうになっていたら思いっきり泣くことができる場所を作ろう。そう思ってたんだ」
私は顔を上げられなかった。下を向いたまま先生の言葉を聞く。
「その子が学校を休んで5日後くらいに公園でその子を見つけた。一人でベンチに座っている彼女は悲しい顔をしていた。あぁ、やっぱり悲しみに囚われているんだ。その時は一人で居させる方が良いと思った。でも明日学校に来て悲しい顔をしていたら俺が支えよう。もし来なかったら家を訪ねよう。そう思ってその日は帰った」
あの日の公園で何の感情もなく見ていた地面を思い出す。
「そして次の日彼女は学校に来た。俺は驚いた。彼女は友達の輪の中で笑ってた。前と変わらない笑顔でいたんだ。なんで笑ってるんだろうと思った。悲しみは消えていないはずなのになんで涙を見せず笑ってるんだろと思った」
「先生...」
「涙を隠してると思った。本当は泣きたいのに笑ってるんだと思った。それならいつか泣きたくなった時俺が傍にいよう。彼女が我慢しなくて良いように見守ろうと思ったんだ。先生として...でも...」
先生は私の頬に触れる。
「いつの間にか人として、男として...君の傍にいたいと思ったんだ」
頬に触れる先生の手が温かい。ダメだ...溢れる...。
「これが俺が遠野を好きになった理由」
先生が頬から手を離す。そして黙って私を見つめる。
私の口から今まで誰にも話さなかった本当の思いが溢れた。
「...心配かけたくなかった...。お母さんを亡くしてもお父さんは笑顔を作ってた。そんなところを見たら私も笑わなきゃって思った。教室に入った時友達が心配そうな顔で私に話しかけてきた。私のせいで暗い雰囲気になるのが嫌で私は笑った...。泣きたくても...笑うしか...なかった...」
「泣きたい時は泣いて良いんだよ。俺の前では我慢しなくて良いんだよ」
泣き顔は見られたくない。心配されるのは嫌だ。そう思うのに私の目から溢れるものを止めることができなかった。
「ずっと一緒に居られると思った...。なのに急にいなくなって...心にぽっかり穴が空いたみたいになって...」
「うん」
「部屋でどれだけ泣いても心の淋しさが消えなかった...。ずっと淋しかった...」
「...うん」
先生が私の頭を撫でる。
「何回家に帰っても笑顔で迎えてくれるお母さんがいない...」
「辛かったな...」
「はい...」
「悲しかったな...」
「...はい」
「やっと人の前で泣いたな」
優しい声。温かい声。その声はすっと私の心に入る。私の心に温かみを与えてくれる。
「こんな姿誰にも見せないと思ってたのに...」
「涙を見せれる人が居るって良いことだと思わないか?」
一人で泣いていても淋しさは埋まらなかった。それなのに先生の前で泣いて、先生の声を聞いていたら心の淋しさが少し埋まった。悲しい気持ちの時誰かがいてくれることがこんなに嬉しいことだと知らなかった。
「はい...そうですね...」
「また泣きたくなったらいつでも来て良いから」
「...ありがとう。でもどうして今その話をしてくれたんですか?」
そう聞くと先生は立ち上がり窓の外を見ながら言った。
「俺の恋に区切りをつけたかった」
「区切り...」
「これから遠野は大学に入って、また色んな人と出逢う。遠野には自由に未来を選択して、誰かと恋して欲しい。もし俺の気持ちがその選択を狭めたり、他の人を見る機会を奪ってしまうことがあるのは嫌なんだ」
「先生...」
先生が私の方を向く。
「だから俺はもう遠野を好きだって言わない」
「え...」
「俺は遠野を好きになった理由を話せれば充分なんだ。今の話をした時点で俺の恋は終わっていい。これからはちゃんと先生として遠野の前にいるよ」
なんて言えば良いのだろう。先生はもう私への気持ちに区切りをつけている。そんな先生を引き止めることが出来るのだろうか。何より今私たちは先生と生徒という関係でいるのが一番いいということには変わらない。それなら先生と一緒に私も区切りをつけた方が良い。
「...分かりました。ありがとう、先生」
「...あぁ。日誌ももう終わりで良いよ」
「はい。じゃあ私帰りますね。それじゃあ」
「うん。また明日」
「はい。また明日」
走って教室から出る。そのまま走り続け、下駄箱のところまで来た。
私は先生が好きだ。私の全てを見てくれていた先生が好きだ。素直にこの気持ちを言っていれば今は変わったかもしれない。それでも先生と生徒でいようとする先生の気持ちを無下にしたくなかった。
「さよなら...先生...」
さよなら、私の恋心...。