熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~

そして、とうとうまん丸いベーグルの描かれた看板の前まで来ると、俺は一度立ち止まって深呼吸をした。

ここに、詩織がいる……。そう思うだけで心臓は暴れ出し、切なくて息が詰まりそうになる。

しかしすぐに心を決め、店内に入ってゆっくり辺りを見回す。

穏やかそうな老夫婦、パソコンを睨んでいるサラリーマン、黄色い声ではしゃぐ女性グループ……おかしいな。ひとりで座る女性なんて、どこにもいない。

小さなカフェなのに詩織の姿が見えず、それでも繰り返し店内をキョロキョロする俺に、ひとりの若い女性従業員が近づいてきた。

「あのう……南雲様、でしょうか」

「ああ、そうだが」

俺はすぐに頷いたものの、とても気まずそうにしている従業員を見て、不穏な気配に胸がざわめいた。

「さきほど女性のお客様から、南雲様にこれを渡してほしいと頼まれました」

女性のお客様……詩織のことか?

怪訝な顔をする俺の前に差し出されたのは、大衆向けのタブロイド紙。中でも芸能人のスキャンダルや政治家の不祥事など、低俗な話題をすすんで掲載するジャンルのものだ。

こんなものを、なぜ俺に?


< 107 / 181 >

この作品をシェア

pagetop