熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~
そして、とうとうまん丸いベーグルの描かれた看板の前まで来ると、俺は一度立ち止まって深呼吸をした。
ここに、詩織がいる……。そう思うだけで心臓は暴れ出し、切なくて息が詰まりそうになる。
しかしすぐに心を決め、店内に入ってゆっくり辺りを見回す。
穏やかそうな老夫婦、パソコンを睨んでいるサラリーマン、黄色い声ではしゃぐ女性グループ……おかしいな。ひとりで座る女性なんて、どこにもいない。
小さなカフェなのに詩織の姿が見えず、それでも繰り返し店内をキョロキョロする俺に、ひとりの若い女性従業員が近づいてきた。
「あのう……南雲様、でしょうか」
「ああ、そうだが」
俺はすぐに頷いたものの、とても気まずそうにしている従業員を見て、不穏な気配に胸がざわめいた。
「さきほど女性のお客様から、南雲様にこれを渡してほしいと頼まれました」
女性のお客様……詩織のことか?
怪訝な顔をする俺の前に差し出されたのは、大衆向けのタブロイド紙。中でも芸能人のスキャンダルや政治家の不祥事など、低俗な話題をすすんで掲載するジャンルのものだ。
こんなものを、なぜ俺に?