熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~
・なにもかも失って
翌日は土曜日で、姉一家は動物園に行くのだと、午前中に家を出ていった。
ひとりで簡単な朝食を済ませた私は、今日は時間もあるし久々に絵でも描いてみようかと、自分の荷物を漁っていた。
スケッチブックと鉛筆と……絵の具の残り具合もチェックしておこうかな。
そんな気分になったのは、たぶん、優良さんへの対抗心もあるのだと思う。私が誇れることと言えば、今までただひたすらに、キャンバスに向き合ってきた経験だけだから……。
そんなことを思いながら、油絵の具の入った箱型のケースを開いた瞬間だった。
嗅ぎ慣れているはずの絵の具の匂いが妙に鼻について、突然吐き気がせりあがってきた。
私はトイレに駆け込み、さっき食べた朝食をすべて戻してしまった。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
狭いトイレの壁にもたれ、荒い呼吸を整える。
なんなの、これ……。なんでこんなに不快なの?
確かに油絵の具は匂いが強いけれど、そんなの今に始まったことじゃない。学生時代からさんざん嗅いで、慣れているはずでしょう……?