熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~
先ほども顔を出した、冷静な自分にそう諭されるけれど、私は口を開きかけるだけで、肝心の言葉が出てこない。
何をしているのよ詩織。言いなさい。じゃあ帰らせてもらうわ、って。できるだけそっけなく。
もう一人の自分が頭の中でやかましく言い続ける。なのに、やっぱり声にならない。
やがて段々とその声は遠くなってついに聞こえなくなると、現実の私は喉のつかえがとれたように言葉を発せるようになった。
「……ここのレストラン、味は確かなのよね?」
南雲は可愛げのない私の意思表示にクスッと笑い「もちろん」とうなずいた。
正直、どうして帰ると言わなかったのか、後悔がないわけじゃない。
でも、私の理性を揺るがしてしまう何かがこの男にはあって、それに手を伸ばしてみたくなってしまったのだ。
手を伸ばして、触れて。その先に何があるのだろう。
好奇心と少しの不安を抱きながら、私は自ら南雲という男に関わることを選んだのだった。