熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~
そんな自分を誇りに思うし、過去に諦めた芸術に対する未練もすでにない。未練があるとするなら詩織のことだけだ。
……彼女に会いに行こうか。そんな思い付きが頭をかすめたけれど、彼女の邪魔はしたくないとも思っていて、その時期に悩んでいた。
そんな時に、珍しくふらっと会社に現れた兄、桔平が言ったのだ。
『梗一。俺、離婚することにしたから』
副社長室で向き合った兄はいつもの通り飄々としていたが、俺はなぜか胸騒ぎがした。
『どうしたんだよ。いきなり離婚って』
平然を装って尋ねると、彼は自嘲気味に語りだす。
『いや、いきなりじゃない。ずっと思っていたんだ。……あの時、どうして詩織の気持ちに応えてやらなかったんだろうって。で、嫁もそんな俺に気づいててさ』
詩織の名を聞いた瞬間、どくんと胸が嫌な音を立て、全身の血液が逆流するような感覚を覚えた。
『……会いに行くつもりなのか?』
『ああ。ちゃんと離婚が成立したら、な』
兄が、詩織に会いに行く……。それは、なんとしてでも阻止したい事案だった。
その理由は紛れもなく、自分自身の心が詩織を求めているから。
一度は陰から見守ると決めたが、ほかの男に奪われるかもしれないとわかった今、指をくわえて見ているわけにはいかない。